キリの無い異端論争

プロテスタント, ルター, 異端, 聖書的ユダヤ教

雨後のタケノコのように、次から次へと、衣を替えて新装開店する「異端」があります。

異端論争からすれば、カトリック教会に対して、疑問を抱き、抗議(プロテスト)したルターもその当時のスタンダードからは、異端視されたことでしょうね。

そこから、現在のプロテスタントという教派が形成された歴史もあります。

「聖書的ユダヤ教」という考え方を基準に考えると、「福音の三要素…イエスキリストは十字架に架かり死なれたこと、葬られたこと、三日目に復活されたこと」をリトマス試験紙に適用することができます。

まず、聖書的ユダヤ教についてですが、ユダヤ教は旧契約に関する部分に対する信仰であると言うこと、それに、約束されたメシア預言の新契約を重ねる事によって完成する聖書を紅の糸で貫くように完成された姿を見ることができます。

また、今日の異端とされるグループは、イエス・キリストの神性を否定する傾向があります。

ここが重要なところですね。

イエス・キリストは、100%神であり、100%人であると言うところにこそ、天と地上の階段を行き来する役割の証明になるのです。

創造主である神は、三位一体、三位格あり、第一位格は御父(親)なる神、第二位格は御子(イエス・キリスト)なる神、第三位格は聖霊(助け主)なる神、三つの位格が一体としての存在なのですね。

これが、信仰者にとっての重要な核心なのですね。