大切な誰かのために ヨハネ10:10 いのちを得、豊かに
『盗人が来るのは、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。(ヨハネ10:10新共同訳)』
誰かを訪問すると、あいさつもそこそこに、「で、ご用件は?」という流れになります。
目的を明確にすることは、お互いにとって時間を浪費しないためにも大切ですね。
ここで、たとえに使われているのは「盗人」です。被害者にはたまらない話ですが、盗人は、モノや金を取りに来るだけではなく、いのちまで盗って、殺してでも奪うという目的が示されています。
「わたしが来たのは、」の「わたし」は、肉体に宿った100%人であり、100%神であるイエス・キリストのことです。
イエス・キリストは、ユダヤ人に分かりやすいように、羊飼いと羊の関係で繰り返し例え話をしていましたから、ここでも、人間を羊と例えて話しているのです。
「命を受ける…豊かに受ける…」と記されているのは、盗人が奪う為に来るのとは真逆ですね。
イエス・キリストは、良き羊飼いとして、羊に命を与える為に、自らの命を犠牲にするためにこの世に来たのですね。
「命を与える」という行為は、創造主である神にしかできないコトですね。
また、「命」は継続性が大切ですから、命を受けて、さらに豊かに生きていけるのですね。
「大切な誰か?」とは、創造主である神が命を授けた全人類、一人一人に向けた精一杯の愛の表現なのですね。
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