自責の念から解放されるために 1ヨハネ3:20

『これによって、わたしたちは自分が真理に属していることを知り、神の御前で安心できます、心に責められることがあろうとも。神は、わたしたちの心よりも大きく、すべてをご存じだからです。愛する者たち、わたしたちは心に責められることがなければ、神の御前で確信を持つことができ、神に願うことは何でもかなえられます。わたしたちが神の掟を守り、御心に適うことを行っているからです。(1ヨハネ3:19-22新共同訳)』

「罪責感」と言うモノが、人間を苛み、まるで爪楊枝か針のようにチクチク刺激し続けます。また「不安」は、チクチクを加速します。

その理由は、自分のマインドが「大丈夫」な状態では無いからです。

このフレーズでは、チクチクきても大丈夫だと記しています。

心が責められても安心できる大丈夫な保証が提供されているというのです。

つまり、信仰者は創造主である神の大きな御心に包まれていて真理に属しているから安心していられるというのですね。

人間の意志だけでは、いつも揺れ続けることが多いですから、チクチクされれば、確信もガタガタと揺らぎますね。チクチクの狙いは、確信を持てなくすることのようですから、本当の大丈夫に包まれて生きることが何よりも大切なのですね。

信仰者は、これを毎日、確認して感謝して生きていけるのですね。

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Posted by dblacks