人生の真の姿 アルフレッド・ミユッセ
『苦悩こそ人生の真の姿である。我々の最期の喜びと慰めは苦しんだ過去の追憶に他ならない。 アルフレッド・ミユッセ』
「人生を総括する時に、走馬燈のようにイメージがかけめぐる」と、よく耳にしますが、私にはまだ、その体験がないので、どうにも実感が湧きません。
脳内血流が悪くなったり、せん妄が出てきたりして、幻影が見えるという状況もそばで見ましたが、自分が当事者ではないので、「そうなんだ」という客観性しかありません。
最期の時に「誰々にあっておきたい」と言う人もあれば、「あいたい人は特にいない」という人に二分されるようです。
人生は、「喜怒哀楽」ですから、理想からすれば、「喜楽」を実感する比率が「怒哀」よりも多く実感できると良いなあとの願望を持つ人も多いでしょう。
また、現実問題として、苦悩は記憶にも、心にも強いインパクトを与えますから、楽しいことや喜ばしいことに比べても、印象に残りやすいし、思い出しやすいですね。
苦労話を繰り返しし続ける人がいるのは、その人の人生を語る上で、必要不可欠なのかも知れないと理解はしますが、繰り返し聴くことになる近親者やケアスタッフには負担になったりもします。
自分の将来はどうなるのでしょうか? 大した苦労もしていないのに、苦労したような話を繰り返し聴いてもらうことになるのでしょうか? そうであれば、今のうちに「申し訳ないがよろしくお願いします。」と言っておきたいですね。
これは、願望でしかないかも知れませんが、認知機能が低下しても、どれだけ艱難辛苦を舐め尽くした人生を過ごしたとしても、幸せな雰囲気を表現できれば有難いですね。
苦難が喜びに変換できるのは、最高なことですからね。
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