礼法は防波堤 貝原益軒

『人の礼法あるは水の堤防あるが如し。水に堤防あれば氾濫の害なく、人に礼法あれば悪事生ぜず。 貝原益軒』

人間は、治水と利水ができるか否かで大きな差が生まれます。

水に覆われると、人間はひとたまりもありません。

人間の歴史で、ノアが方舟つくることになったときも、命をつなげた人間は方舟にのることを選択したノアと妻、そして、三人の息子夫婦の8人でした。

その他の人は、自らの選択で、水に呑まれたのです。

今日でも、どのように水から身を守るかを考えて、様々な対策をします。

家を新築する時には、土地を嵩上げしたりして、浸水しないように対策を練ります。

また、治水という点では、川が氾濫ように堤防の嵩上げをすることも大切です。

貝原益軒のこのフレースは、人間関係にも、人を呑んだり、人に呑まれたりしないように、このような堤防が必要だと指摘しています。

それは、礼法であるとは、「親しき仲にも礼儀あり」と言われるように、お互いに適正で対等なお付き合いのためには、非常に大切な要素なのです。

別の言葉でいうと、「節度」なのかも知れませんね。

自分の分をわきまえて、相手の立場を思いやる、そのような配慮こそ、人と人を守るための防波堤になっているようです。

人間関係は、非常に複雑で、希薄でも寂しさがあります。

でも、濃厚すぎても、良い関わりばかりではなくなることもあります。

悪事の発端は、相手を利用してでも、自分だけの利益を得たいという欲望から出てきます。

これらは、礼法が適正であれば、防げるということなのですね。

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Posted by dblacks