人間が望んでも及ばないところ シャロン
『人間はいくら望んでも、絶対的善人にも、 絶対的悪人にもなりえない。(シャロン )』
人間は、悪と善のあいだで揺れ動く振り子のような存在なのかも知れませんね。
それは、創造主である神【主】が絶対的善であるのに対し、サタンは絶対的悪であるコトから容易に想像できます。
かつてのアダムとエバがそうであったように、どうしても、人間は悪の誘惑に流されやすい傾向が強くあります。
それは、人間の生存していくための本能とも直結している分があるために反射的に出てくる選択でもあるのかも知れませんね。
それでも、人間がどちらかに徹することはあり得ないのだと、このフレーズは、指摘しています。
「心を鬼のようにして」などと、意気込んで気合いを入れたりしますが、これは、自分を鼓舞するためで、こうでもしないと、自分の意志を押し通すのが難しいからかも知れません。
基本的に、人間は暖かみがあり、優しいのですね。
なかなか冷徹にはなりきれません。
見かけは、無表情の人もいますが、本当のところは、情が深い人の可能性もあります。
また、向き不向きはありますから、自分自身の望む所があっても、それを実現できるかは未知数です。
人間には、未知の領域があるのですね。
それを認識しておくと、別の方向性が探れます。
何よりも、悪と善の間で、中庸でいられるというのは、人間にとっての最大限の強みではないでしょうか?
ピエール・シャロン(Pierre Charron、1541年-1603年[1][2])はフランスの聖職者で、王妃マルグリット・ド・ヴァロワに仕え[3]、「フランス随一の説教家」とも言われた[1]。ミシェル・ド・モンテーニュの親友[3]。パリ生まれ[3]。
1601年に刊行したDe la Sagesse(フランス語、La Sagesse[2]とも、日本語の題名は『知恵について』[1]、『叡智論』[4]など)で知られる[4]。
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