程よい対人関係が大切 オノレ・ド・バルザック
『あまりうちとけ過ぎる人間は尊敬を失います。気やすい人間は馬鹿にされます。むやみに熱意を見せる人間はいい食いものにされます。 オノレ・ド・バルザック』
「ド・バルザックの「ド」は、貴族を気取った自称」というユニークな一面を持つ、興味深い人物です。
彼の作品については、次のような評価があります。
諸作品は、深刻で根源的なテーマを扱いながらもすぐれて娯楽的でもある。高潔な善人が物語に登場することも少なくなく、かれらは偽善的な社会のなかで生きることに苦しみながら、ほぼ例外なく苦悩のうちに死んでいく
などと表される作品群を産み出しています。
でも、多くの人生を観察し、「娯楽的」に「高潔な善人」を通じて「偽善的な社会の苦しみ」「苦悩の死」という流れが、彼の中では鉄板なのかも知れませんね。
これは、華やかな世界への興味を駆り立てるだけではなく、その結末が、苦悩の死という落とし所が、読者の心のバランスを整えているのかも知れないと推察します。
あくまでも、「娯楽的」という視点が、人気の要素だったのかも知れませんね。
このフレーズは、人との距離感のとり方にヒントを与えてくれているようです。
「うちとけすぎる人」は、馴れ馴れしいとか、明け透けと話をするとか、距離感が近すぎる人を想像します。
確かに、ベタベタされると、距離をとりたくなりますね。
「気やすい人」は、軽くあしらわれるということなのでしょうか? 馬鹿にされても、気にせずに自然体で振る舞える人も居ますが、自分自身のアイデンティティーは失いたくないですね。
「むやみに熱意を見せる人」は、そのエネルギーと努力だけ、「トンビに油揚」をさらわれるように、持って行かれるのですね。
自分の身の置き場所で、程よい人間関係を構築するためのヒントとして、生かしていきたいフレーズです。
オノレ・ド・バルザック(フランス語: Honoré de Balzac 発音例, 1799年5月20日 – 1850年8月18日)は、19世紀のフランスを代表する小説家。
イギリスの作家サマセット・モームは、『世界の十大小説』のなかで、バルザックを「確実に天才とよぶにふさわしい人物」と述べている。バルザックは90篇の長編・短編からなる小説群『人間喜劇』を執筆した。これは19世紀ロシア文学(ドストエフスキー、トルストイ)のさきがけとなった写実的小説群である。
『レ・ミゼラブル』で著名なヴィクトル・ユーゴーや、アレクサンドル・デュマの親友でもある。
ド・バルザックの「ド」は、貴族を気取った自称である。
『谷間の百合』(新潮社)
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