都合の友 まことの友 メナンドロス

『都合のよきときに、富み栄えている人にへつらう友は、まことの友にあらず、都合の友なり。 メナンドロス』

「友」という概念が、共有できている間柄にいると考えられる人は、幸せだと思います。

「知人」の中で、どれくらい近しい関係かは、お互いの評価ですから、それが、一致するというのは貴重なのではないでしょうか?

幼なじみのことを「竹馬の友」と言いますが、そのような幼少期からの繋がりは非常に強固なものなのでしょうね。

そのような関係では、人生の喜怒哀楽をかなりの範囲まで、共有できそうです。

でも、冒頭のフレーズは、世の中に起きている現実を見せられるようなイメージです。

「富み栄えている人にへつらう」のは、今に始まったことではないようです。

おそらく、人間の歴史で、財産が形成されはじめた時から、続いていることだと推察します。

聖書の福音書の中にも、「放蕩息子」として記されています。生前財産分与を父に願い、その財産を持って旅に出た弟息子は、その財産目当てに、多くの取り巻きに囲まれました。でも、それがなくなると、誰も寄りつかなくなり、ついには、豚が食べているエサを食べたくなるような心境までになるのです。

本来の「友」は、苦境の時こそ、そばにいて、その苦しみを共有するのが理想的です。

でも、都合が良いのは、すり寄っていく人であり、相手のことなど毛頭考えていないようです。

まるで、「今だけ、金だけ、自分だけ」というようなイメージですね。

おそらく、このような人は、たかって得たお金も残ることが無いのではないでしょうか?

世の中には、「お金で割り切れる関係」という言葉もあります。

それなら、それと分かった上での行動が求められますね。

「まことの友」がいるという人は、それが、一生の宝物を得たのだと思います。

世の中で孤立して、信仰者になった人は、人になって自分の「罪」を解決して下さったメシアであるイエス・キリストを「まことの友」と表現します。

究極的な意味において、この関係が成立しているのも永遠の幸福マインド得た人ならではですね。

メナンドロス(古代ギリシア語: Μένανδρος / Menandros、紀元前342年 – 紀元前292年/291年)は、古代ギリシア(ヘレニズム期)の喜劇作家。ギリシア喜劇 (Ancient Greek comedy) のうち、「新喜劇」(アッティカ新喜劇(Attic new comedy) あるいは アテナイ新喜劇(Athenian new comedy))と呼ばれる作品群の代表的な作者である。

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Posted by dblacks