思慮を考える 箴言2:11
『11 思慮はあなたを守り、英知はあなたを保つ。 箴言2:11新改訳2017』
思慮は、「注意深く心を働かせて考えること。また、その考え。おもんぱかり。(goo辞書)」と説明されています。
それと組み合わせて使われる分別は、「道理をよくわきまえていること。また、物事の善悪・損得などをよく考えること。(goo辞書)」と説明されています。
こんなことばかり言えば、「真面目か!」と突っ込まれそうですね。
最近は、ストレス社会の影響なのか、感情優位の振る舞いが目立ちます。
もちろんその背景として、マニュアル社会による現状とのギャップがあるものと理解はしています。
よく見かける光景としては、噛み合わない会話、問題解決に至らない対話などがあります。その傾向は益々、強まっているように感じています。
しかし、感情まかせの立ち居振る舞いは、相手を傷つけたり、自分を傷つけたり、信用を損なったりして、結果として「損」に至ることが多いのも現実です。
「損」は、一つのリスクでもありますから、それを回避するための対策が必要です。
そのために、思慮分別を磨いていきたいですね。
それは、道理をわきまえ、善悪や損得に心を向けて、注意深く考える習慣です。
これを習慣化できれば、幾分、冷静さを保てるようになるのでしょうね。
もう一つ、ここで提示されているのは「英知」です。
英知とは、「すぐれた知恵。深く物事の道理に通じる才知。(goo辞書)」などと記されています。
これは、ややハードルが高そうに感じます。
かつて、イスラエルのソロモン王は、創造主である神【主】に、何よりも「知恵」を求めたことによって、すべてを手中に収めることになったという歴史に刻まれた事実があります。
もちろん、人間として、哲学に目覚め、自らの瞑想などによって深めるという方法もあります。
ソロモン王が求めたのは、【主】に祈るという信仰の姿勢でした。それは、哲学一辺倒よりも、もっと期待できる方法なのです。
人間は、生きている限り、学びであり、成長できる、伸びしろが与えられているのです。
この伸びしろを活かすためにも、失敗を糧にして、前向きに、思慮を磨き、英知を獲得していきたいと考えています。
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