謙遜と栄誉について 箴言15:33
『15:33 【主】を恐れることは知恵の訓戒。謙遜は栄誉に先立つ。 箴言15:33新改訳2017』
デジタル大辞泉で調べてみました。
栄誉…輝かしい誉れ。栄名。
謙遜…へりくだること。控え目な態度をとること。また、そのさま。
卑下…1 自分を劣ったものとしていやしめること。へりくだること。「そんなに—する必要はない」2 いやしめて見下すこと。また、そのさま。「自修の事を甚だ—なる田地に落ち沈ましむるなり」〈中村訳・西国立志編〉
謙遜とは、控えめにへりくだるというニュアンスがあります。
これに、似ているけれど、全く間違った態度が、卑下です。これは、自分を卑しめたり、見下したりすることです。一見、謙遜に見えますが、実際の感情は、傲慢な状態になっているのです。これを、「卑下マン=傲慢」と指摘した人もいました。
この箴言から得られる教訓は、自分を隠したり、貶めたりすることなく、創造主である神【主】を認め、畏敬の念を保つことです。
それによって、謙遜を現実化でき、栄誉に近づくと言うのです。
栄誉や賞賛を受ける時に、人間が試されているのです。
多くの注目を集め羨望の眼差しを浴びるからです。それにより、様々な人が寄ってきたり、プレゼントが押し寄せる可能性もあります。あちらこちらからお誘いがかかり、引っ張りダコで、大忙しになるかも知れません。誘いを断るのも勇気が必要ですね。
ただし、対応を一つ間違えれば、たちまち炎上することでしょう。羨望は一瞬で、嫉妬に変わるからです。
また、注目を浴びることによって、過剰な自信が当たり前になり、知らず知らずのうちに傲慢になってしまうこともあります。
ブームが一時的ならば、それまでの逆転現象が、起きるか、スーーーっとフェイドアウトするのかも知れませんね。
ボタンを掛け違うと、変な渦に巻き込まれて、翻弄されることがあります。
そこで、大切な自己確立のステップを確認しておきたいのです。
これは、信仰者として、健全な歩みをしたい人に、お分かちするものです。
創造主である神【主】の存在を認める。
【主】の人類救済計画を自分に適用する。
永遠の幸福マインドを感謝しながら生きる。
創造主である神【主】への畏敬の念を日々確認しながら生きる。
何よりも【主】から知恵を最優先する。
自分の使命を理解し、それを遂行するための知恵を【主】に求め、忠実に務める。
創造主である神【主】に委ねる部分と自分自身が取り組む部分の切り分けをする。
これにより、自分の使命に集中して取り組むことができるのですね。
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