ヨハネの黙示録第13章スタディーノート
ヨハネの黙示録13章『海からの獣と別の獣、獣の刻印(666)』
13:1~2 海からの獣の形状
13:3~4 海からの獣の復活
13:5~8 海からの獣の支配
13:9~10 励ましの言葉
13:11~12 地からの獣の形状
13:13~15 地からの獣が行う奇跡
13:16~18 獣の刻印(666)

(1)海からの獣の形状(13:1~2)
ヨハネの黙示録12:18は、13:1に含まれるものです。
『12:18 そして、竜は海辺の砂の上に立った。(ヨハネの黙示録12:18新改訳2017)』
海から獣が上がってくるのです。
獣と言うと、ダニエル書2章のネブカデネザルが夢で見た大きな像の幻をイメージします。これは、人間の視点から見た異邦人世界の帝国の歴史です。
また、ダニエル書7章には、ダニエルが見た四つの幻が記されています。
第一の幻は、『三頭の大きな獣』が記され、『第一のものは獅子のようで、鷲の翼をつけていた(バビロン帝国)』『熊に似た別の第二の獣が現れた。その獣は横向きに寝ていて、その口の牙の間には三本の肋骨があった(メド・ペルシャ連合帝国)』『豹のような別の獣が現れた。その背には四つの鳥の翼があり、その獣には四つの頭があった(ギリシャ帝国)』と、このような特徴がありました。
第二の幻は、第四の獣(帝国主義)で、『それは恐ろしくて不気味で、非常に強かった』と記されています。それは、『大きな鉄の牙を持っていて、食らってはかみ砕き、その残りを足で踏みつけていた。これは前に現れたすべての獣と異なり、十本の角を持っていた。(十本の角は十人の王)』『もう一本の小さな角が出て来て、その角のために、初めの角のうち三本が引き抜かれた。』『この角には人間の目のような目があり、大言壮語する口があった。(反キリスト)』という流れです。
第三の幻は、『天の法廷』について描写され、第四の幻は、『人の子のような方』が示されていました。
これらを見るとヨハネの黙示録13:1の獣は、ダニエル書7章の『第二の幻に登場する第四の獣』と同じだと考えられます。
この獣は、『反キリスト自身』であり、『反キリストが支配する帝国』でもあります。反キリストは、異邦人世界(海)から登場するのです。
『十本の角』とは、動物が角を武器にして戦うように、角は、「力と支配の象徴」であり、王国や王を象徴する言葉です。つまり、『反キリスト』は、十ヶ国連合の帝国主義から登場すると考えられます。角にある十の冠は、統治権の象徴です。
『七つの頭』は、第四の帝国の七つの発展段階を指しています。そして、『第七の頭』が、反キリストの統治段階なのです。
『神を冒涜する様々な名』とは、「反キリストの性質を表す名」を意味します。
ダニエル書7章では、『獅子、熊、ひょう』の順番に登場しました。ダニエル書では、将来の歴史を展望していました。
ヨハネの黙示録13:2では、『ひょう、熊、獅子』の順番になっています。順番が逆なのは、ヨハネの黙示録では、過去を振り返っているからだと考えられています。
第四の帝国には、その前の三つの帝国の特徴が残っています。さらに、「非常にどう猛で力がある」のです。
竜【悪魔(サタン)】は、この獣に自分が持っている力と位と権威を与えます。これにより、どう猛な獣(反キリスト)は、さらに力を得るのです。反キリストの最終的な力は、悪魔(サタン)から来るのです。ここに、偽の三位一体の「偽の子なる神=反キリスト」が誕生するのです。
初臨のキリストは、地上の公生涯のはじめに、悪魔(サタン)の申し出を拒否されました(マタイ4:8~10)。しかし、反キリストは、悪魔(サタン)の申し出をスンナリ受け入れるのです。
(2)海からの獣の復活(13:3~4)
『その頭のうちの一つは打たれて死んだと思われたが、』とは、反キリストは、一度殺されることを予告しています。
この人物を、ネロ、イスカリオテのユダ、ムッソリーニ、ヒトラー、スターリンなどとする説もありますが、文脈上は、過去の人物ではなく、将来登場する反キリストを意味します。
『その致命的な傷は治った。』とは、反キリストが、復活するということです。
ヨハネの黙示録5:6に『ほふられたと見える小羊(新改訳第3版)』という言葉が出ています。これは、新改訳2017では、『屠られた姿で子羊が立っている』と翻訳されています。
ここの『打たれて死んだと思われた』は、死んだことを意味しています。反キリストは重傷を負っただけだと主張する学者もいますが、そうではないのです。
そして、復活した反キリストは、二人の証人を殺すのです(ヨハネの黙示録11:7)。
『全地は驚いてその獣に従い、竜を拝んだ。』となるからには、地上の人たちに、超自然的な力を見せつける必要があり、それにより『復活した獣』に従うようになるのです。
この反キリスト復活のニュースは、世界をかけ巡ることでしょう。彼が殺し、【主】によって復活させられた二人の証人は、天に上げられて地上にはいなくなります。ますます、人々の関心は、「復活した反キリスト」に向かうことでしょう。
さらに、人々は「竜【悪魔(サタン)】」を拝むようになるでしょう。悪魔(サタン)は、自らを神とし、礼拝されることを願っています。宝石の園エデンでも、それを狙っていたのです。(イザヤ14:12~17、エゼキエル28:11~19参照)地上の人々は、反キリストを通して悪魔(サタン)を礼拝するようになります。
『だれがこの獣に比べられるだろうか。だれがこれと戦うことができるだろうか。』と称えられますが、次の【主】への賛美とは大きな差が感じられます。
『15:11 【主】よ、神々のうちに、だれかあなたのような方がいるでしょうか。だれがあなたのように、聖であって輝き、たたえられつつ恐れられ、奇しいわざを行う方がいるでしょうか。(出エジプト15:11新改訳2017)』
(3)海からの獣の支配(13:5~8)
反キリストは、大患難時代の中間で『自らを神』と宣言します。最初は、世界の問題を解決するダイナミックなリーダーとして登場し、イスラエルとの七年の平和条約を結びます。しかし、その途中から『傲慢なことや汚しごと』を言うのです。そして、ついに、自分の像を第三神殿に置き、礼拝を迫るのです(マタ24:15参照)。
『2:4 不法の者は、すべて神と呼ばれるもの、礼拝されるものに対抗して自分を高く上げ、ついには自分こそ神であると宣言して、神の宮に座ることになります。(2テサロニケ2:4新改訳2017)』
汚しごとを言う対象は、『【主】の御名(神の存在そのもの)』であり、『幕屋(天とそこに住む者たち)』、そして、『御使いと聖徒たち』に対してです。
反キリストは、聖徒たちを迫害します。これにより、さらに多くの殉教者たちが出ます(ヨハネの黙示録6:11参照)。ユダヤ人も、異邦人の信仰者も迫害されるのです。
反キリストによる世界統治は、「政治的統治」、「経済的統治」、「宗教的統治」です。
天と地の状況は対照的になり、開きが出ます。『天にいる者たちは、神と子羊を礼拝』し、『地にいる者たちは、悪魔(サタン)と反キリストを礼拝する』のです。
救われる者の名は、永遠の昔から『子羊のいのちの書』に記されているのです(エペソ1:4参照)。そうでない者は、悪魔(サタン)と反キリストを礼拝するようになります。
(4)励ましの言葉(13:9~10)
『耳のある者は聞きなさい。』とは、ヨハネの黙示録2~3章の七つの教会への勧告と似ています。ここでは、より簡単な言葉になっています。この時には、ペンテコステ以降の聖徒の集合体である普遍的教会はすでに携挙されています。
【主】の正義は必ず行われると語られます。反キリスト、偽預言者、反キリストの手先は、燃える火の池に投げ込まれるので、聖徒たちは、【主】の正義がなることを確信して生きるようにとの励ましは、忍耐と信仰を保持するための根拠となるのです。
(5)地からの獣の形状(13:11~12)
『別の獣が地から上って来る(新改訳2017)』とあります。『もう一匹の獣』(新改訳第3版)(新共同訳)、『ほかの獣』(口語訳)と記されていますが、「アロス」(ギリシャ語)が使われ、「同じ性質を持った別のもの」という意味です。
このことから、『海からの獣(反キリスト)』と『地からの獣(偽預言者)』は、同じ性質を持つことが分かります。キリスト(第二位格)と聖霊(第三位格)は同じ性質を持っておられます。その真似をして、「反キリスト」と「偽預言者」は同じ性質であり、共に獣と呼ばれています。
ヨハネの黙示録には、偽預言者という言葉が三度出て来ます(ヨハネの黙示録16:13、19:20、20:10)。
『地から上って来る』とは、『天』と『地』が対比されていると解釈し、『聖霊は、天から下って来られる』ことに対して、『偽預言者は、地から上って来る』と言うことなのです。
(注)この「地」を約束の地と解釈し、この獣をユダヤ人と解釈する学者たちがいますが、これは特定の「地」ではないので、整合性がとれません。
『子羊の角に似た二本の角を持ち、』とあるのは、「反キリストは、政治的、経済的支配者」であることに対して、偽預言者は、『子羊の角に似た』と表現されています。このことから、偽預言者は、宗教的支配者で、反キリストを支援する立場です。ヨハネの黙示録の中で、『子羊』が「キリスト以外の人物を指す」のは、ここだけです。
『竜が語るように語っていた』とは、反キリストと同じように、偽預言者も竜【悪魔(サタン)】によって力を受けているのです。見かけは子羊のようであっても、その性質は『竜のよう』なのです。反キリストと協力して、三年半の間、地上に患難をもたらすのです。また、優秀なコミュニケーターであり、説得力があるようです。
反キリストと偽預言者の力は、悪魔(サタン)から与えられたものです。偽預言者は、反キリストの代弁者として語り、行動します。
偽預言者の目的は、人々に反キリストを礼拝させることです。つまり、反キリストは、復活すると、偽預言者は、地に住む人々に復活した反キリストを拝ませるのです。偽預言者たちは、人々に神以外のものを礼拝させるために活動します。
大患難時代に登場する偽預言者は、人間を騙す非常に高い能力を持っているようです。
(6)地からの獣が行う奇跡(13:13~15)
偽預言者は、大きなしるし(複数形)を次々に行います。『人々の前で火を天から地に降らせる』ことも、大きなしるしの一つです。
(参考)『天からの火』というと旧約聖書の記事をイメージします。
●創世記19:24~25 【主】は、ソドムとゴモラの上に硫黄の火を降らせました。
●出エジプト9:23~24 モーセは、エジプトの上に雹と火を降らせました。
●1列王18:38 カルメル山で【主】の火が降って来ました。
●2列王1:9~12 エリヤは、アハズヤ王の兵士たちの上に火を降らせました。
偽預言者は、『しるし』で地上に住む人々を惑わします。『惑わす』とは、真理から遠ざける、誤った教理に導く、などの行為です。
そもそも、偽預言者の背後にいる悪魔(サタン)は、もともと噓つきです(ヨハネ8:44参照)。
パウロは、2テサロニケ2:4で、反キリストは神殿の座に着くと予告しています。
偽預言者が、反キリストの像をつくるように人々に命じます。この像は、第三神殿に設置され、反キリストがエルサレムにいない時の礼拝の対象になります。人々は、『しるし』によって洗脳されているので、喜んでその像をつくるのです。この像は、大患難時代の中間期から、1290日の間そこに留まるのです。
『12:11 常供のささげ物が取り払われ、荒らす忌まわしいものが据えられる時から、千二百九十日がある。(ダニエル12:11新改訳2017)』
『24:15 それゆえ、預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす忌まわしいもの』が聖なる所に立っているのを見たら──読者はよく理解せよ──
24:16 ユダヤにいる人たちは山へ逃げなさい。(マタイ24:15~16新改訳2017)』
偽預言者は、反キリストの像に超自然的な力を与え、最先端を越えた技術を駆使し、不思議なことが起こる仕掛けがなされるでしょう。旧約聖書では、偶像は喋らないものとされていましたが、この像は特殊なものだと考えられます。
偽預言者は、『その獣の像に息を吹き込んで』獣がものを言うようにするようです。創造主である神【主】との違いは、いのちを与えたのではなく、息を吹き込むだけです。それを見て、人々は像が生きているかのように錯覚するのです。これも惑わしなのです。
この像を拝まない者は、みな殺されます。偽預言者の目的は、人々に反キリストを礼拝させることで、反キリストを神と認めない者は、みな殺されるのです。
(7)獣の刻印(13:16~18)
大患難時代には、二種類の印が登場します。その一つは、『額に印を押された十四万四千人のユダヤ人たち(黙7:2~4)』、もう一つは、『反キリストの刻印を右の手か額かに受けた人々』です。
反キリストの刻印は、『【主】の印』の真似です。しかし、その内容は大きく異なります。創造主である神【主】は、信じた者に『聖霊の証印』を押してくださいます。これは、人間には目視できません。偽預言者(偽の聖霊)は、偽の証印(獣の刻印)を押します。これは、目視できる表面的なタトゥーのようなものです。
反キリストの刻印を受けると「反キリストへの従順を表明したことになり、経済活動が許され、生きることが許されます」。しかし、神の怒りを受けることが確定することになります。ヨハネの黙示録14:9~11がそのように警告しています。
その刻印は、経済活動をするための許可証にもなります。刻印は、獣の名で、数字に換算できます。この獣の刻印を受ける全員が同じ『しるし』を刻むのです。
これは、世界統一の銀行システムやクレジットカード、マイナンバーなどではありません。また、ポーランドにいたユダヤ人たちは「かぎ十字」のない身分証明書を渡され、それが、「つけられたしるし」で、強制収容所送りにもなったのです。
『ここに、知恵が必要である』(新改訳2017)
『ここに知恵が必要である』(新共同訳)
『ここに、知恵が必要である』(口語訳)
これは、反キリストが登場した時に、それを見分けるためには知恵がいると言う意味です。
『その獣の数字を数えなさい。それは人間を表す数字であるから』とあるのは、反キリストは、人であり、名前を持っているということです。反キリストの名前をヘブル語のアルファベットに置き換えて数字に換算し、その和を求めると『666』になると言うことです。
かつてのローマ皇帝「ネロ」が「666」と言われますが、大患難時代に登場する反キリストは、それとは別の人物です。
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