急ぎ足のリスク 箴言19:2
『19:2 たましいに知識がないことは良くない。急ぎ足の者は罪に陥る。 箴言19:2新改訳2017』
急ぎ足になると視野も狭くなりがちです。
これは、動体視力も関係することです。余談ですが、プロレーサーは、時速300kmで走っている車を運転しながら、ピットからのサインボードを見ることができるそうです。近年は、無線などもあり、情報の補完も可能なようですが、スムーズな情報伝達も、レースを有利に進めるために大切な要素なのだそうです。
一般人は、そこまで、動体視力はありませんから、キャッチできる情報量は少なくなります。
その推進力は、自分の目指すところへの意思ですから、周囲への配慮も少なくなりがちです。
それが、思わぬ方向に向かい、自分の理想に到達できない結果を招きかねません。
その警告が「急ぎ足の者は罪に陥る。」と記されている内容です。
しかし、自分の意思だけを貫き通して、上手くいくケースもあります。結果オーライでも、それが、歪んだ成功体験だとすると、その後の人生に影響が出てくる懸念があります。
人生、時には、失敗し、挫折感を味わった方が、その後の人生に生かせることもあるのだと推察しています。
「たましいに知識」とは、どういうことでしょうか?
この知識は、「【主】に根ざした愛」を意味しています。
これが、欠如すると、自分だけの事しか考えられずに、周囲の観察や配慮が及ばなくなります。
それによる空回りが起きて、堂々巡りになるコトがあります。
別な言葉で言うと、「愛、喜び、融和、平和」そして、それが、どこに根ざしているのか?
つまり、「永遠の幸福マインド」、永遠の価値が理解できていないというリスクです。
実践的には、積み重ねです。
その過程(プロセス)には、「忍耐、沈黙、休養」も必要だと言うことです。
究極的には、自分を支える根っこの確認です。
それは、「【主】の愛」です。
その本質は、相手のペースに合わせる愛です。
また、強制しない愛でもあります。
創造主である神【主】は、人間の自由意思を最大限尊重される御方なのです。
この理解こそ、自分だけのペース配分から、周囲へ配慮したペース配分へと気配りできるマインドが醸成されていくのです。
人生、急ぎ足で駆け抜けるだけではモッタイナイですネ。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません