悪の存在価値について ラビンドラナート・タゴール

『悪は河における岸のごときものである。岸は流れを堰くが、それは流れを推し進めるよすがとなる。この世の悪は、人間が水の流れるごとく善に向かわしめるために存在する。ラビンドラナート・タゴール『生の実現』』

詩人としても有名なラビンドラナート・タゴールのフレーズです。

悪に対しての考察で、色々なコトを考えさせられます。

二元的に考えれば、この世の判断は、「善」か「悪」かであり、「善」がよしとされ、「悪」はけしからんとされています。

でも、それだけならば、世の中は殺伐としたものでしかありません。

ラビンドラナート・タゴールによれば、「この世の悪は、人間が水の流れるごとく善に向かわしめるために存在する。」と結論づけをしています。

確かに「反面教師」という言い回しがあります。

一つのお手本として、悪いケースを示すことも効果的な場面があるのです。

例えば、交通安全教室など、スタントマンを使って、事故になるとどうなるのか? を見せたりします。

これも、一つの悪いケースの提示では無いでしょうか?

「勧善懲悪」という仕立てのドラマでなくても、人間には良心が備えられていると言われます。

「悪」と感じる要素は、多くの人には、良心に訴えかける要素になるのではないでしょうか?

ただ、気を付けたいのは、全くの善人はいないという現実です。

人間は、自分の心に、自戒できる機能を持っていないと、このようになならない可能性があります。

「お主もワルよのう」という、お仲間にはならない方がよろしいでしょうね。

ラビンドラナート・タゴール(英語: Rabindranath Tagore, ベンガル語: রবীন্দ্রনাথ ঠাকুর, ヒンディー語: रवीन्द्रनाथ ठाकुर(टगोर)、1861年5月7日 – 1941年8月7日)は、インドの詩人、思想家、作曲家。詩聖(コビグル কবিগুরু)として非常な尊敬を集めている。1913年には『ギタンジャリ(英語版)』によってノーベル文学賞を受賞した[1]。これはアジア人に与えられた初のノーベル賞でもあった。
インド国歌の作詞・作曲、およびバングラデシュ国歌の作詞者で、タゴール国際大学の設立者でもあった。
(中略)
日本との関係
早くから日本に対する関心も深く、岡倉天心・河口慧海・野口米次郎らとの親交があり、日本人の自然を愛する美意識を高く評価した。5度にわたって訪日している。
1916年、タゴールが来日した折、日本女子大学校創立者の成瀬仁蔵の招きを受けて日本女子大学校で7月に講演をおこない、さらに8月に軽井沢を訪れ(三井邸に滞在)、日本女子大学校が毎年実施していた修養会に講師として招かれ、学生を前に「瞑想に就きて」という講演や瞑想指導をおこなっている[22][23]。
タゴールは、1924年の3度目の来日の際に第一次世界大戦下の対華21か条要求などの行動を「西欧文明に毒された行動」であると批判し、満洲事変以後の日本の軍事行動を「日本の伝統美の感覚を自ら壊すもの」であるとしている[24]。

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