トロアスにて 使徒の働き20:7-12

『20:7 週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まった。パウロは翌日に出発することにしていたので、人々と語り合い、夜中まで語り続けた。
20:8 私たちが集まっていた屋上の間には、ともしびがたくさんついていた。
20:9 ユテコという名の一人の青年が、窓のところに腰掛けていたが、パウロの話が長く続くので、ひどく眠気がさし、とうとう眠り込んで三階から下に落ちてしまった。抱き起こしてみると、もう死んでいた。
20:10 しかし、パウロは降りて行って彼の上に身をかがめ、抱きかかえて、「心配することはない。まだいのちがあります」と言った。
20:11 そして、また上がって行ってパンを裂いて食べ、明け方まで長く語り合って、それから出発した。
20:12 人々は生き返った青年を連れて帰り、ひとかたならず慰められた。 使徒の働き20:7-12新改訳2017』

7節 集会の様子
「週の初めの日」とは、安息日は日没とともに終わり、その後に開かれる集会、今で言うと、土曜日の夜の集会です。パウロが7日間滞在した理由は、この週の初めの日の集会に出席するためでした。信者の中には奴隷たちもいて、彼らは、日没後でないと出席できなかったようです。

「パンを裂くために集まった」とは、当時の信者たちは、食事を持ち寄って、ともに食するという習慣がありました。これは最高の交わりの機会で、「アガペー」(愛餐)と呼ばれました。今日の「愛餐会」という言葉は、その名残です。当時は、貧しい奴隷たちは、一日一食の生活をしていたようです。愛餐の最後に、聖餐式を行いました。ここには、現代の教会にとってのヒントがあるのではないでしょうか?

「パウロは翌日に出発することにしていたので」
先を急ぐパウロは、集会が終わるとすぐに出発するつもりでいました。この愛餐はお別れ会でもあったのです。パウロは、これが最後だとの自覚があったので、長時間(午後6時~午前0時までなら、6時間?)教えました。すでに、パウロは、エルサレムへの思いが深かったでしょう。
 イエスは、エルサレムで最後の晩餐を食されました。パウロのトロアスでの愛餐には、最後の晩餐に似た要素があります。

8節
集会は、屋上の間で行われていて、3階の大広間に、大ぜいの人たちが詰めかけていたことでしょう。
「ともしびがたくさんついていた。」とは、明かりを採るためのオリーブ油のランプです。これは、酸素を多く消費するので、部屋の中は酸欠状態になった(煙、すす)と考えられます。また、満席だったので、酸欠状態に拍車をかけたのかも知れません。

9節
予期せぬ事故が起きます。「ユテコという名の一人の青年が、窓のところに腰掛けていた」とあるのは、建物の状況を推察すると、部屋の換気をよくするために、窓を開け放していて、窓のところに座ると、新鮮な空気を吸うことができるのでしょう。しかし、特等席でも、気をつけないと危険な事もあるでしょう。

この「青年」は、ギリシア語で「ネアニアス」で、意味として「8~14歳くらいの男子」や「しもべ」とも訳せます。ユーツゥコス(英語でEutychus)は、典型的な奴隷の名であることを加味すると、恐らく彼は、奴隷だったのでしょう。その場合は、30代の男性だったことが考えられます。ユテコは、「幸運」という意味です。もし彼が奴隷なら、一日の労働を終えて、この集会に来ていたことになります。

「パウロの話が長く続くので、ひどく眠気がさし、とうとう眠り込んで三階から下に落ちてしまった。」
ユテコが眠り込んだ理由を考えてみましょう。「肉体的に疲れていた(当時は、日没とともに休み、夜明けとともに起きた)。」とか「部屋の環境が、眠気を誘うものであった。」などが思い浮かびます。さらに、「食後だった。」また、「食事の後で始まったパウロの話が長かった。」というものもイメージできます。

ユテコは、3階から下に落ちたので、向かい側にいた人たちは、驚いて悲鳴を上げたことでしょう。ただちに集会は中断され、人々は急いで階下に降りて行ったのです。

「抱き起こしてみると、もう死んでいた。」とあるように、ユテコは、即死で、医者のルカが証言しているので、それ以外の解釈は、成り立ちません。

10節
予期せぬ祝福
パウロは、転落した原因が長い自分の話にあると思ったとしたら、多少の責任を感じたことでしょう。すぐに降りて、パウロは、ユテコの上に身をかがめ、彼を抱きかかえたのです。

   旧約聖書の例を考えてみましょう。
   ①1列17:21~22(エリヤとツァレファテのやもめの息子)
   ②2列4:32~35(エリシャとシュネムの女の息子)

ここでは、復活のイエスがパウロを通して奇跡を行われたのです。パウロは、「心配することはない。まだいのちがあります」と言いました。「なんぢら騷ぐな、生命はなほ内にあり」(文語訳)という日本語訳もあります。この奇跡によって、パウロの教えの信憑性がなお増した(使徒職の証明)のです。

  ペテロも似たような奇跡を行っています。使徒の働き9:36~42で、タビタを甦らせています。

11節
集会が再会されました。「パンを裂いて」とは、聖餐式を実行したということです。また、「食べてから」とは、食事をしたということ。恐らく夜食でしょう。さらにパウロは、明け方まで話をしたのです。パウロには、これが最後という思いがあり、人々も、【主】による奇跡で聞く姿勢が正された事でしょう。そして、集会後、パウロはすぐに出発したのです。

12節
奇跡により、ユテコは、無事に帰宅することができました。
「ひとかたならず慰められた」とあるのは、パウロの教えと行いによって、慰められたという事です。

結論:
日曜礼拝と信仰者の私たち
使徒の働き20:7は、日曜日午前中に礼拝を行うべきだと主張する根拠に引用されますが、事実とは異なります。紀元1世紀の教会が、日曜日の午前中に礼拝を行っていたという証拠はなく、この箇所では、土曜日の日没以降に行われていたのです。もちろん、日曜日午前中の礼拝が悪いわけではありません。新約時代の礼拝は、その会衆にとって最も相応しい日時に行う事が大切です。現実的には、日曜日の午前中や月曜日や土曜日もその機会を用意することは、多様化する21世紀においても大切な信仰生活への支えになります。

ここでの「週の初めの日」とは、土曜日の夜です。その流れは、食事の後、パウロは説教を開始し、ユテコの転落事故があり、その対応が終わってから、聖餐式を行い、その後、軽食(夜食)を食べ、パウロの説教は、明け方まで続いたのです。

その後パウロは、すぐにトロアスを出発した。

ユテコの体験と私たち
人間的には、ユテコが眠り込んだことには同情の余地があります。しかし、霊的には不信仰だった状態の私に似ています。ここでは、「罪」死んでいる状態だったユテコに、パウロはイエスのひな型で、イエスと一体化し、復活の恵みに預かったという視点があります。
しかし、眠るという神の評価基準はより厳しいものです。

眠る事についての聖書の教え
 ①ヨナ1:5~6(リーダーの無責任さ)異邦人で創造主である神【主】がヨナを叱責している
 ②マタイ26:40~41(神の時への鈍感さ)
 ③マルコ13:36~37(終末論への無関心)
 ④エペソ5:14(イザヤ書のいくつかの聖句をまとめたもの)
 ⑤1テサ5:6(終わりの時をいかに生きるべきか)

「目をさましている」には、「肉体的意味」と「霊的意味」の2つがあり、両者を切り離すことはできません。肉体的目覚めをする時に、霊的にも目覚めるという順序で、眠りから覚めるというステップもあります。

霊的に、【主】との交わりを深めることによって、肉体的な目覚めに至ることもあるでしょう。これらは、表裏一体なのです。

わかりやすい聖書ガイド
ヨハネの黙示録スタディノートブック
Amazon Kindle版 ペーパーバック版好評発売中

※紙の印刷版は、ペーパーバッグ版を選択して下さい。