誠実さとは? 箴言28:6
『28:6 貧しくて、誠実に歩む者は、富んでいて、曲がった道を歩む者にまさる。 箴言28:6新改訳2017』
箴言は、わかりやすいように、二元的な比較を用いています。
表面上で見ると、正しい人は貧しい人、富んでいる人は悪人という風にも感じます。
これは、一つの両極にあるサンプルの提示であって、偏見を持たないように気を付けたいと意識をしています。
そもそも、世の中の格差は、どこから生まれて来るのか疑問があります。
得られた富が、搾取によるものならば、曲がった道という評価があっても仕方がありません。
でも、搾取すること無く、勤勉で、人の何倍も働き、コツコツと積み重ねてきたものが「富」として残るケースもあるようです。
そのような人は、その「富」をひけらかすこと無く、生活しているのかも知れません。
庶民という区分を用いるなら、生活に困窮するレベルの層も増えてきている21世紀です。
世の中の構造が変わり、日本でも、インドのカースト制度のようなピラミッド現象が起きているように感じています。
非正規雇用の人が増えて、ケースによっては、実働が多いのに、手取りが少ないという珍現象があちらこちらで起きています。
それでも、多くの人は、コツコツと自分の生活のために働いています。
でも、世の中の渦に巻き込まれて、心が折れて、引きこもらざるを得ない人たちも増加しています。
また、おカネの使い道も課題です。収入と支出のバランスも心がけたいものです。
今は、超金持ちがクローズアップされる時代になってきました。
別な言い方をすると、兆の単位の資産を有する人たちの存在です。
その勢力の中には、あらゆる手段で「我田引水」を目論んでいたようです。
国境線を越えて、グローバルに、資金が流れるような仕組みを構築されているようです。
これは、「曲がった道を歩む」と評される一面なのかも知れません。
時代が変わっても、人間の考えていることは、大差ないのでしょうね。
一方、「誠実に歩む者」は、いつの時代にも存在すると考えています。
自分の分をわきまえて、精神的自立をし、自分の脚で立っている人です。
また、自分の事に充足し、隣人を思いやれる人です。
健全な生き方は、憧れですが、ナカナカの高みだと感じます。
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