希望に生きる人 三木清

『希望に生きる者はつねに若い。 三木清『人生論ノート』(新潮社)』

「人生で、今が一番若い」というフレーズを思い出します。

人間は、「若い」と言われると、嬉しくなるようなプログラムが仕込まれているようです。

それが、お世辞であっても・・。

若さの源が、このフレーズに込められているように感じます。

それは、「希望に生きる」という要素です。

人生には、「希望」があります。

それと同時に、「失望」や「絶望」もあります。

キルケゴールは、「死に至る病とは絶望のことである」と記しています。

いつもまにか「失望」が膨らみ、「絶望」に取り囲まれたときに、人間は蝕まれていくのでしょう。

そのような時には、「希望」の方向に向き直りたいものです。

そして、「希望に生きる者」として、つねに若く居たいと思わされるフレーズです。

ささやかな楽しみでも、「希望」になります。

また、自分の可能性について、イメージを膨らましていくと言うのも、自分の中で「希望を育む」鍛錬になります。

それが、熟成していくと、中から「希望」が滲み出てくるのかも知れませんね。

それを若さのエキスとして、自分と周囲に分配できれば、「つねに若い」集団になる可能性もあります。

無理をしない自然体の「希望」を育んで行きたいですね。

三木 清(みき きよし、1897年(明治30年)1月5日 – 1945年(昭和20年)9月26日)は、(西田左派を含めた上での)京都学派[1]の哲学者、評論家。法政大学法文学部教授。京大哲学科卒。西田幾多郎・ハイデガーに師事。留学中にパスカルを研究、帰国後『パスカルに於ける人間の研究』(1926年)を刊行。戦時中に治安維持法違反で保釈逃走中の知人を支援したことで逮捕拘禁され獄死したが、著書『人生論ノート』はロングセラーになった[2][3]。(中略)
GHQは三木の獄死を知り大きなショックを受けた[73] 。司令部は内務省に状況説明を求めたが終戦時の機密文書焼却のため失われており、改めて取りまとめが行われた[74][68]。 敗戦からすでに一ヶ月余を経ていながら、政治犯が獄中で過酷な抑圧を受け続けている実態が判明し、占領軍当局を驚かせた。旧体制の破綻について、当時の日本の支配者層がいかに自覚が希薄であったのかについての実例である。この件を契機として治安維持法の急遽撤廃が決められた[73]。そもそも三木が獄中に囚われていたことを親しい友人たちですら知らされずにいたことも当時の拘禁制度の実態を表している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%9C%A8%E6%B8%85

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