思考との対話について
人間の意志決定は、複雑怪奇です。
あらゆる要素が、葛藤し、合戦して、方針が決まるようなイメージさえあります。
「思考」は、その一つの要素に過ぎないと考えています。
決断するときに、感情の影響が最も大きいのかも知れません。
なかなか身心、思考、感情の総意が同じになるなど、稀な現象だともイメージします。
ドライに考えれば、メリットとデメリットをある程度想定したところで、意志決定をするという流れでしょうか?
人間の肉体は70%が水分だと言われます。
感情にも、温度も湿度もあると考えた方が良さそうです。
ドライにと考えても、幾分かの湿気は残るという事になりますね。
将棋のシミュレーションだと思えばイメージしやすいのかも知れません。
プロ棋士の藤井聡太氏は、コンピュータープログラムを相手に、念入りにトレーニングを積み重ねていると聞きます。
記憶と思考の行ったり来たりの忍耐が居るプロセスだと想像します。
将棋のスパーリングで戦う相手は、ハードウエアだけで、200万円とも言われます。処理能力は高いですが、消費電力も、発熱量もさぞや大きいことでしょうね。
どちらが音を上げるのか? ガマン大会なのでしょうね。
一般人の場合は、思考の対象の絞り込みがカギのように思います。
どの範囲について、どのような思考をめぐらせるか?
要素と条件を明確にしていく事が、能力を生かすポイントのように感じています。
落とし穴の一つは、「自動思考」です。
何かにつっかえて、グルグル堂々巡りになってしまう経験を持っている方は多いと思います。
精神的な活動ですが、散歩中だったり、エクササイズ中に、進展することもあるのです。
ビックリですが、その為にも、思考の整理をしていたいと考えています。
思考(しこう、(英: thinking)は、考えや思いを巡らせる行動[1]であり、結論を導き出す[2]など何かしら一定の状態に達しようとする過程において、筋道や方法など模索する精神の活動である[3]。広義には人間が持つ知的作用を総称する言葉、狭義では概念・判断・推理を行うことを指す[1]。知的直感を含める場合もあるが、感性や意欲とは区別される[1]。哲学的には思惟(しい、しゆい)と同義[3]だが、大森荘蔵は『知の構築とその呪縛』(p152)にて思考と思惟の差について言及し、思惟とは思考を含みつつ感情なども包括した心の働きと定義している[4]。







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