3歳までは神様のように… インドのことわざ
『◇3歳までは神様のように、3歳から16歳までは召使のように、16歳からは友だちのように育てなさい (インドのことわざ)
子どもは自我が芽生えてくる3歳頃まで、思いを全て受け止め、まるで神様のように、大切に扱う。言葉がわかり、良い事や悪い事などが理解できるようになったら、親の言うことに従わせる。ここで、世の中のルールを知り、我慢することや努力することを学んでいく。そして、16歳になったら、子どもを主体的な一人の人間と見なし、対等な関係で付き合うように、という意味。日本でも「7歳までは神のうち」という考え方があった。』
「神童」という言葉があります。
「特定分野において驚異的な能力を発揮する人物、特に少年時代に並外れて優秀であった者に対しての尊称」と説明されます。
「7歳にして神童と呼ばれ…」などと使われます。極端な能力の偏りが賞賛される一方、心配もされます。
周囲からは、「一風変わった子」と受けとめられることが多いですね。そして、やがて「20歳になればただの人」などとも言われます。これは、ある程度、普通と評される範囲に成長したので良かったというニュアンスも感じる表現です。
インドでも、同じようなニュアンスの表現があったとは、少し、驚きでした。
こちらの方が、保護者の接し方へのアドバイスです。
3歳までは、神様のように大切に扱う。
うーん、神様を? まあ、最大限大切な気持ちでしょうね。
その後、16歳まで善悪を理解できるのなら、世の中のルールを伝える。
そして、16歳からは、対等な関係に起きながら、養育する。
このようなインド式子育てのステップが示されています。
幼少期でも、別の人格ですから、保護者が理解できないこともあると思います。
特に、3歳までは、感性を研ぎ澄ましたアプローチが求められるのですね。
「観察、確認、アプローチ」の気の遠くなるくり返しですね。
次の段階は、「なぜ?」との闘いが待っています。
それは、世の中のルールは、保護者も納得がいっていないものがたくさんあるからです。
今の時代はなおさら、スマホをはじめとするデジタルデバイスに取り囲まれているので、厄介ですね。ガマン努力を教えるためにも、保護者もガマン努力です。
その先は、対等にというゾーンに突入です。「子どもは一人で大きくなったように思っている」という嘆きも聞こえる年代です。「友だち」というと「タメ口」などと、保護者に対する尊敬さえ無いような接し方を受けとめきれないのです。
保護者は、とにかく、「忍」なのですね。







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