千里の馬はあれども伯楽は… 中国の故事成語
『◇千里の馬は常にあれども伯楽(はくらく)は常にあらず (中国の故事成語)
一日に千里も走るような名馬は、いつの時代にもいるが、その名馬を見分ける伯楽は、いつもいるとは限らない。世間にはすぐれた人材はいつの時代にもいるが、それを登用して才能を十分に発揮させる宰相、上司はめったにいない。現在においてなお通じる故事である。伯楽は孫陽のことで、秦の穆公(ぼくこう)に使えた馬の鑑定家、馬の売買をする商人。馬喰のこと。これと似たものとして「玉磨かざれば光なし」があるが、現段階ではどこに隠れているか分からない才能を見いだし育てる「玉~」の方が難しい。』
「馬主」の様子は、庶民にはなかなか見えません。
でも、「ロイヤルファミリー」というドラマで、その一端を知る事ができました。
佐藤浩市さんの渋い演技と妻夫木聡さんが演じた忠実なキャラクター、日高の馬牧場を切り盛りする役を演じた松本若菜さん、そして、馬を血統から見る慧眼を持った役を演じた目黒蓮さんなどのやり取りは、その業界の一端をわかりやすく見せてくれたような気がしました。
競走馬は、血統も大切な要素ですが、それだけでは勝てないという現実、また、ケガが付き物というリスクなど、多くの馬主の嘆きとため息が聞こえてきそうです。
このフレーズに出てくる「名馬を見分ける伯楽」という人は、本当に稀なようです。
これは、馬の鑑定家、馬の売買をする商人を意味します。
また、馬喰とも言われました。
当時は、馬が全盛の時代ですから、このような例えがわかりやすく、受け入れられやすかったのかも知れませんね。
しかし、それは、馬だけの話ではないようです。
「世間にはすぐれた人材はいつの時代にもいるが、それを登用して才能を十分に発揮させる宰相、上司はめったにいない」と説明が続きます。
人材発掘の悩みは、いつの時代にも、ついて回っているのですね。
「あれは、大した「玉」だなあ。」などというセリフもよく使われます。
これは、「玉磨かざれば光なし」が関係しているようです。
「磨けば光る逸材」と表現すればわかりやすいでしょうか?
発見されなければ、光ることもなく、「玉」のまま人生を終える可能性もあります。
誰でも、隠された「玉」を抱えて生かされているのです。
せめて、自分で、自分の中にある「珠玉」を見つけていきたいと考えています。
その「玉」は、果たして、どこに眠っているのでしょうね?






ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません