頑固者 箴言29:1
『29:1 叱責されても、なお、うなじを固くする者は、突然打ち砕かれて、癒やされることがない。 箴言29:1新改訳2017』
「おこる」と「怒る」の使い方が難しい時代です。
むしろ「叱る」とした方が意味合いとしては、よろしいのでしょうけれど、実際にはどうでしょうか?
それよりも、「冷静か?」「感情的か?」の視点が最も重要なのではないでしょうか?
「おこる」にしても「叱る」にしても、感情的になれば、台なしです。
大切なのは、相手に伝いたいことを、相手が受け取りやすいように差し出すことなのですね。
これには、日常の付き合いからの積み重ねも重要で、相手に対する観察やアプローチのテストパターンも活用する必要があるのです。
「○○について、○○に近づいてくれたら、私は助かる(うれしい)」などという組み立てをしておくのも一つの方法ですね。
感情的になり、怒る状況が逆効果ばっかりなのではないと考えています。それは、そこまで、何かの状況を変えたいという情報は伝達されるからです。でも、相手が、発信者にとっての理想形に反応するという保証はありませんよね。
さて、「うなじを固くする」という表現は、聖書の中では、創造主である神【主】の選民であるイスラエルに対してよく使われています。
この箴言は、頑固者に対する警告です。
旧約聖書に記されているイスラエルの歴史は、くり返し、くり返し、頑固者ぶりを発揮し、創造主である神【主】に対して、背信行為を繰り返して来たのです。
その結果、アッシリア捕囚やバビロン捕囚という結果にいたり、世界中に散らされるという状況になりました。
【主】の選民であるはずのイスラエルという国が消滅したのです。
1948年に再建国されたのは、やがて、永遠に【主】の民になる準備段階の器に過ぎません。この先も、創造主である神【主】の言葉よりも、自分たちの意志や知恵を用いて、困窮状態に陥ると、ヨハネの黙示録では、預言しています。
人間は「生きているだけで丸儲け」と、上手く表現したタレントさんがいました。
少々のケガをしたとしても、いのちがあるのは、スゴい事なのです。
この教訓を自分の状況に当てはめて、通した方が良い意地と、柔軟性を持った方が良い意地とを見分けたいモノです。
世の中には、叱責ともとれる助言が溢れています。
萎縮することなく、不安の招待を見極めて、適正に対処したいモノですね。
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