形式主義の罠 渋沢栄一
『全て形式に流れると精神が乏しくなる。
何でも日々新たにという心がけが大事である。 渋沢栄一』
日常と非日常という考え方があります。
平日は、学校や会社などの時間が決まっている人が多い世の中です。
それをまとめて日常とすれば、同じくり返しという感覚になってしまいます。
でも、実際には、同じような日々であって、同じ日などないとも考えられるのです。
同じくり返しという考え方は、マンネリ化へ向かいます。
それが、「全て形式に流れると精神が乏しくなる」という指摘です。
これが、日本資本主義の父とも言われた渋沢栄一氏の遺したフレーズです。2024年(令和6年)7月3日から発行された新10000円札に肖像画として登場しています。早いもので、2年も経つのですね。
「何でも日々新たにという心がけが大事」という後半部分は、彼自身が心がけていたので、出て来たように感じます。
それだけ、説得力を感じます。
同じような日でも、日々心を新たにして臨みたいと思わされました。
非日常で、旅に出るとき、同じ場所に行くことをためらいがちです。
「えー、前行ったところ~~」
などという反応が予測できます。
でも、新たな心持ちで出かけると、以前とは違う収穫が期待できるのだと感じました。
前の旅の忘れ物を回収しに行くつもりで、再チャレンジしたいと思います。
渋沢 栄一(しぶさわ えいいち、旧字体: 澁澤 榮一、1840年3月16日〈天保11年2月13日〉- 1931年〈昭和6年〉11月11日)は、日本の実業家[2]・篤志家、政治家。武蔵国榛沢郡血洗島村(現在の埼玉県深谷市血洗島)位階勲等爵位は正二位勲一等子爵。雅号は青淵(せいえん)。
概要
江戸時代末期に百姓[3](豪農身分)から武士(一橋家家臣)に取り立てられ、のちに主君・徳川慶喜の将軍就任にともない幕臣となり[4]、明治政府で官吏となる。民部省を経て直属の上司である井上馨(大蔵大輔)の下で、吉田清成(大蔵少輔)らと共に造幣、戸籍、出納など様々な政策立案を行い、初代租税正(租税頭)、初代紙幣頭、次いで大蔵省三等官の大蔵少輔事務取扱となる。
井上馨と共に退官後は実業界に転じて実業家の肥田理吉らと日本経済の在り方を論じ[5]、第一国立銀行(現在のみずほ銀行)や東京商法会議所(現在の東京商工会議所)、東京証券取引所といった多種多様な会社や経済団体の設立・経営に関わった。そのうち企業は約500社[6] にもおよび、「日本資本主義の父」[7][8][9][10] 、五代友厚とともに「東の渋沢、西の五代」[11][12][13]と並び称された。







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