義と愛がつり合うポイント 箴言29:14

『29:14 真実をもって弱い者をさばく王、その王座はとこしえまでも堅く立つ。 箴言29:14新改訳2017』

この地球上では、いまだかつて、ずっと体制維持できているという国はありません。

栄枯盛衰とか、盛者必衰などと言われています。

何かの利権争いが続き、領土の奪い合いが続いています。

ある政治家が、「自国第一主義」を唱えると、グローバル勢力からは、批判の嵐が起きます。

そもそも、自国で平和的な基礎を築いていたら、他国への侵略をしなくても良いと考える権力者は少数派のようです。

永遠に続く王座と聞いて、イメージするのは、メシアであるイエス・キリストです。

やがて、この地上ではじまる千年王国(メシア的王国)で、王座につく御方です。

そのために、真実を確立されたのです。

それは、今から約二千年前に、赤子として来臨され、唯一の義人として、十字架に架かり死に、葬られ、三日目に復活されたのです。

その十字架上こそ、「義と愛」が出会った所なのです。

メシアであるイエス・キリストの地上生涯は、命懸けでした。

暗殺未遂が何度もありました。

また、理不尽な律法主義者の告発もありました。

創造主である神【主】の第二位格として、100%神でありながら、100%の人として、罪の誘惑に打ち克ち、モーセ律法を完全に守り通したのです。

サンヘドリンは、ユダヤ人を煽動しながら、イエスをメシアと認めず、亡き者にしたいと企んでいました。

メシアであるイエス・キリストは、異邦人ではなく、同胞のユダヤ人宗教指導者の主導で、ローマに引き渡され、十字架刑に処せられたのです。

でも、その犠牲は、迫害に加担した人々の贖いにもなるという、まさに、神の愛の御業だったのです。

その背景があってこそ「真実をもって弱い者をさばく王」という存在が成り立ちのですね。

何かの役割を司るには、自己犠牲が伴うものです。

それこそが、自分にとっての十字架と言われる要素なのです。

しかし、それは、人間には真似できるものではありません。

メシアであるイエス・キリストの足跡をたどりながら、自分の役割を果たすしか道はないのですね。

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