譲らないで教える
画家・版画家の石村嘉成さんは、2歳の時に自閉症と診断されました。
その療育に奮闘し、40歳で亡くなった母・有希子さんや父和博さんやご家族、周囲の人々の関わりによって、育まれました。2026年には、31歳となり、色彩豊かな動物画を描く独特の才能で注目され、アーティストとして活躍しています。
その半生を記録した、映画「青いライオン」が各地で上映され、合わせて、父和博さんの講演とアーティストとして、石村嘉成さんのライブパフォーマンスを展開しています。
その中で、着ている作務衣を脱いで、背中を見せるシーンがありました。
そこには「やれば出来る子です」と書かれていました。
それに、希望を持つ人もいると思います。
しかし、現実は「やったら出来た子」が一番近いニュアンスだと感じています。
あきらめない保護者の奮闘と、本人の頑張りや他者との出会いが、結実し、彼のアーティストとしての才能が見出されたのでしょう。
自閉症の中には、才能が隠れていると言われますが、それらが見出されて花開く人は限定的だと感じています。
画家・版画家の石村嘉成さんが、大切に育まれてきた背後には、「『知識ある愛』をもって、叱らないけど譲らない」というトモニ療育センター河島淳子医師の療育方針がありました。
それに、励まされて、母である有希子さんは、命をかけて育てたのですね。
河島淳子医師も当事者で、息子さんが重度の自閉症と診断されました。小児科医だった河島先生は、自身の医学の道を断ち、息子さんのために独自の療育(発達支援・教育)を確立しました。息子さんは、現在、洋裁師として活動し、衣服や教材の製作などを行っています。
保護者として、暴れたり、泣き叫んだりする子を何とか静かにさせたいとか、周囲から罵声を浴びせられたなど、自閉症児の療育は、ハードルが非常に高いと聞きます。
その中で、凜として、『知識ある愛』に立ち続けるという、ほぼ孤独に近い奮闘は、想像すら及ばない日々だと考えています。
別の家族では、「動じることなくそばに居続ける」というケースもありました。
ケースバイケースで、正解などないと思います。
手法は、それぞれでも、その中心には『知識ある愛』でしかなく、「できることを全身全霊でおやりなさい。」といういのちを用いた取り組みなのですね。
途方に暮れる、どうしようもないという面のマインドセットに学びが与えられました。
残念ながら、2025年2月、83歳で亡くなった河島淳子医師が生前に講演した動画があります。
それらは、何かの手がかりとなるヒントを与えてくれる可能性があります。次のリンクからご覧ください。
https://youtu.be/pdd88_kOoXw?si=zODB-Uo1MWV_BYpH







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