過大評価は禁物 バートランドラッセル
『自分で自分の価値を過大評価しないように。 バートランド・ラッセル『ラッセル幸福論』(岩波書店)
自己評価は、他者評価よりも難しいと感じています。
その理由として思い浮かぶのは、他者は共有時間が圧倒的に少ないからではないでしょうか?
自分自身は、いつも一緒にいるので、その密着度が、課題なのではないでしょうか?
自分の影を見るのか見ないのか? なんて事もあるかも知れません。
太陽を背中にすれば、自分自身の影を見られます。でも、太陽に向かって移動するときには、振り返らないと影を認識することは出来ません。
また、影は地面に投影されますから、下を見ないと見えないわけです。
ただし、現実は、この影の部分にフォーカスして、ネガティブカウントを重ねているようにも感じるのです。
実に、不思議な心理だと感じています。
その反動もあります。
自分のネガティブカウントを覆すような、無理矢理の材料探しをしてしまうのです。
時には、周囲で目に入る何かをカウントしてしまう事かも知れません。
本来は、自分自身の中から、宝物を発掘する必要があります。
このフレーズは、その動機に対する警告なのではないでしょうか?
自分の過大評価は、一種の粉飾決算です。
それは、ほとんどの人にはバレてしまいますから、メリットにはならず、デメリットにしかならないのにです。
でも、それをしたくなる、人間は不思議な生き物ですね。
幸福論(こうふくろん、Eudaemonics)とは幸福ひいては人生そのものについての考察・論究のことをいう。
今日「三大幸福論」と言えば、ヒルティの『幸福論』(1891年)、アランの『幸福論』(1925年)、ラッセルの『幸福論』(1930年)による3つの幸福論を指す[1]。
(中略)
ヒルティ
『幸福論』
神のそば近くあることが永続的な幸福を約束するとする宗教的幸福論。
アラン
『幸福論』
健全な身体によって心の平静を得ることを強調。すべての不運やつまらぬ物事に対して、 上機嫌にふるまうこと。また社会的礼節の重要性を説く。
ラッセル
『幸福論』
己の関心を外部に向け、活動的に生きることを勧める。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B8%E7%A6%8F%E8%AB%96






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