態度に心が現れる 箴言25:6-7

『25:6 王の前で横柄にふるまってはならない。身分の高い人のいる所に立ってはならない。
25:7 高貴な人の前で下に下げられるよりは、「ここに上って来なさい」と言われるほうがよいからだ。あなたがその目で見たことを 箴言25:6-7新改訳2017』

「苦しゅうない、もそっと、ちこう寄れ!」という表現は、日本の時代劇で出てきます。

そんな感覚が、日本人には強いのでしょうか?

指定席ではない講演会などでは、後ろから座るという珍現象が起きている光景に驚く文化圏の人が居ます。

でも、最前列に陣取るのも、勇気が必要ですね。

このような箴言を見るたびに、果たして、自分はどこでスタンバイしていれば良いのだろうと思います。

最大の課題は「謙遜」です。

ここでは、「王の前で横柄にふるまってはならない」から、はじまります。

一般常識からすれば、横柄は、あるまじき態度です。

ましてや、王の前なら、逆鱗に触れて、即処刑の可能性さえ出てきます。

謙遜の学びは、一生続くレッスンなのでしょう。

自分をわきまえ、王の前でも卑屈になるコトなく、また横柄になるコトなく、自然体で振る舞うのが理想形だと考えています。

自ら、上席に着くことなく、案内の人が居れば、その人を困らせることなく振る舞う配慮も持ちたいところです。

謙遜は、秩序も尊ぶのです。

最近、型破りな自己アピールを持て囃す風潮を感じます。

人生のチャレンジとしては、いのちをかけて、イチかバチかの勝負をして見るのもアリだとは思います。

でも、場をわきまえるということも、重んじる必要がありますね。

誰でもが、無秩序に、自己アピールを展開すれば、その場は、混乱(カオス)になる可能性は想像できます。

このような想定の場所では、自然体の謙遜で挑んだ方が、「ここに上って来なさい」という声がかかる可能性があるのかも知れません。

ズカズカと、ずうずうしい態度を全開にして、席をチェンジさせられることや、その場所から閉め出される可能性があることを考えておいた方が良いですね。

そのために大切なのは、日常からの「謙遜」トレーニングだと考えています。

人間は、謙遜を装い、その実は、自分を卑下している事があります。

これらの状態に気づき、より自然体を身につけていきたいものですね。

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