気になる人との関係 箴言25:21-22
『25:21 あなたを憎む者が飢えているなら、パンを食べさせ、渇いているなら、水を飲ませよ。
25:22 なぜなら、あなたは彼の頭上に燃える炭火を積むことになり、【主】があなたに報いてくださるからだ。 箴言25:21-22新改訳2017』
人間関係は、好き嫌いと分けられるようなシンプルなものではありません。
社会には、かなり複雑な気持ちが渦巻いているように見えます。
自分の利害関係人を見回しても、全面的に好意を持っている人は、どれほどいるでしょうね。
良好な関係だと思っていても、何かをきっかけに、歯車が欠けたりズレたりして、ギクシャクすることもあります。また、相手の感情はコントロールできません。
その様な時に、どのような対処をするのかという箴言です。
この箴言の元になっているのは、次の聖句です。
『5 あなたを憎んでいる者のろばが、重い荷の下敷きになっているのを見た場合、それを見過ごしにせず、必ず彼と一緒に起こしてやらなければならない。 出エジプト23:5新改訳2017』
自分が憎まれていても、見過ごしにしないで、一緒に起こしてやらなければならない。これが、律法として受け継がれているのです。
これは、迫害者から宣教者になったパウロが記したロマ書にも引用されています。
『12:20 次のようにも書かれています。「もしあなたの敵が飢えているなら食べさせ、渇いているなら飲ませよ。なぜなら、こうしてあなたは彼の頭上に燃える炭火を積むことになるからだ。」
12:21 悪に負けてはいけません。むしろ、善をもって悪に打ち勝ちなさい。 ロマ12:20-21新改訳2017』
創造主である神【主】は、人間関係がどういうものかをご存じで、どのような状態なら、どのように行動するのかという指針を先回りして、示唆していたのです。
隣人との関係は、できるだけ良好にと心がけていても、人間は相思相愛とはならないケースが多いです。
人間の捉え方は、愛とは相思相愛と決めつけたいものですが、現実的には、難しいのです。
人間の愛には、何かの見返りを求める気持ちも付いてきます。
でも、創造主である神【主】の愛は、そうではないという提示ですね。
例え、「敵でも愛する」という、「包み込む愛」なのです。
人間の偏った愛では、絶対に及ばない範疇ですね。
この箴言を実行に移すときに、創造主である神【主】との交わりをし、その愛を実践できるように、心を備える事が大切です。
自分のチカラや知恵だけで行おうとしないで、天来のチカラを活用するのです。
それをしたからと言って、関係が改善する事が無いかも知れません。
それでも、【主】の愛を提示した事にはなるのです。それが、一番大切なのですね。
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