誉れについて 箴言26:8
『26:8 愚かな者に誉れを与えるのは、石投げ器に石を結わえ付けるようなもの。 箴言26:8新改訳2017』
石投げ器と言えば、少年ダビデをイメージします。
彼は、少年時代に、羊の番をするという役割を担っていました。
羊を守るために、さまざまな獣と対峙し、退治してきたのです。
その経験は、ペリシテの大男ゴリアテとの対決で、遺憾なく発揮されました。
ゴリアテとの体格差は明白、民衆が望んだ立派な体格のサウル王でさえ二の足を踏む状況だったのにです。
少年ダビデの【主】に対する信仰と、それまでの経験が、彼を奮い立たせたのです。
でも、少年ダビデがゴリアテを仕留めたのは、創造主である神【主】の御心に適ったからです。
その後の人生で、ダビデは幾度も逃亡生活を余儀なくされます。その時にも、この石投げ器は使えたはずです。しかし、ダビデの選択は違いました。
結果的に、ダビデは、【主】の御心を伺い、それに従おうと選択したのです。
もし、自分の身を守るために、石投げ器を使っていたら、状況も一時的には改善していたかも知れません。
でも、それは、ダビデの選択ではありませんでした。
何度も、罪の沼にハマりましたが、純粋な信仰の姿勢に立ち返って、軌道修正をする事ができました。
ダビデは、イスラエルの中では、特異な存在だったのです。
この箴言では、愚か者をおだてて持ち上げる危険性を指摘しています。
謙虚さがない人に、誉れを与えると、さらに、増長する懸念があります。
愚か者は、そもそも、基盤がしっかりしていないので、自信が持てないという所に、大きな要因があるのです。
そのような不安定な人に、誉れや大金が舞い込むと、多くのケースでは、良い結果に繋がらないことが多いのではないでしょうか?
自分の好き勝手放題の振る舞いをしたり、平気で人を傷つけたりする事もあるでしょう。
世の中は不思議です。
多くの知識があり、社会経験が豊富な人には、謙虚なタイプが多いように感じます。
若くても、虚勢をはっている人がいると、その周囲は険悪な雰囲気に包まれることもあります。
教訓としては、自分の身に余る誉れを受けても、謙虚に振る舞えるように、マインドを落ち着かせておきたいですね。
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