賞賛される時は要注意 箴言27:21
『27:21 銀にはるつぼ、金には炉があるように、人は他人の称賛によって試される。 箴言27:21新改訳2017』
「褒められる時は、素直に喜んだ方が良い」と言われたことがあります。
確かにその通りだと感じる部分があります。
でも冒頭の箴言は、「賞賛は試験」だと警告しています。
今、何かと話題な「銀」や「金」引き合いに出されています。
金も銀も精製の方法に違いがありますが、両方とも、火で加熱して、不純物を取り除いていくのです。
これは、なかなかハードな方法です。
「金(ゴールド)」は、直火でも大丈夫だと聞きます。でも、やり過ぎると大変なコトになります。
「金(ゴールド)」は、インゴットに「999.9」と刻印されます。それは、100%に近いというニュアンスです。微妙ですね。
しかし「銀」は、るつぼで、直火ではない間接的な処理が必要なのです。
人間は、自己評価と他者評価に晒されています。
自己受容が進んでいけば、自己評価を冷静に客観視する事ができるようになります。
望ましいと考えているのは、精神的自立をしながら、自分自身をヨロイで固めないでいるという状態です。
一方、他者評価は、気まぐれで、多種多様です。
その多くが、価値観の違いによる批判なのかも知れません。
それに、晒されていると、少し褒められただけでも、天にも昇るような気持ちになると言うのは、想像に難くありません。
昔は、「ほめ殺し」という戦略が展開された事もありましたね。
今は、自動車免許を取得する「自動車学校」で、「とにかく褒める」という教習をしている所もあります。
「褒めて伸ばす」というのは、理想的なのかも知れませんが、ほめ方の工夫も必要なようです。
人間には、さまざまな感性があり、どちらかと言えば「褒められる」事に慣れていない人が多い傾向を感じます。
この箴言は、この要素に対する警告だと私は考えています。
これを踏まえて、褒められた時に、「素直に御礼を言う」こと、また「浮かれず冷静にいること」を肝に銘じています。
また、褒めてくれる相手の意図も汲み取れるような心の余裕を持ちたいと考えています。
「褒める」のも「褒められる」のも、慎重に心から行いたいと思います。
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