恐怖政治が終わる時 林語堂

『民衆の飢えたとき、幾多の帝国は崩壊し、いかなる強力政権も、恐怖政治も潰(つい)え去った。 林語堂(りんごどう)『生活の重要さ』』

覇権や栄華を誇ったかつての帝国は、21世紀には存在していません。

それは、自分たちが侵略したように、侵略されたり、そうでなくても、自ら瓦解して崩壊していったのです。

その背景には、冒頭のフレーズのような流れがあったのでしょうね。

雁字搦めの圧政は、最強ではないようです。

恐怖政治もやがて終焉の時が訪れるのですね。

そのタイミングは、「民衆の飢えたとき」というのです。

日本では、各地で、子ども食堂という活動が広がっています。

それをはじめたのは、実際に食に事欠いている子どもを知ったからということだそうです。

でも、今の活動は、継続性に乏しいと言います。

ますます、サポートを必要としている人が増えているのです。

炊き出しの行列が、あちらこちらであるようです。

しかし、並ぶのは今までとは、少し違う人たちという情報がありました。

行列があると何の行列かわからないのに、ツイツイ並んでしまうと言う人の話を聞いたことがあります。その人は、韓国で、言葉も周囲の状況もわからずに、つい行列に並んでしまったそうです。列が進むにつれ、それが、炊き出しの列だと気づいた時には、そっと列から外れて、フェードアウトしたと言っていました。でも、後から振り返ってみたら、身なりもニオイも独特な行列だったと感じたと言っていました。

日本人は、奥ゆかしい一面があるからなのか? 「助けて」と声をあげるのをためらってしまう事もあると聞きます。

そう言われたら、どうするのが適切なのかを考えておく事も大切だと考えています。

また、ヤングケアラーやDV、ネグレクトの問題も根深く潜んでいます。

生活困窮なら、民生委員が窓口です。

また、子どもに関する課題は、民間もありますが、個人情報の課題もあり、行政に繋ぐのが入口だと言われています。

隣人として、自分のできる範囲で、サポートするのも、すぐに限界が来ます。

当事者の警戒心や羞恥心に配慮しながら、橋渡し役ができるように心がけたいと考えています。

目先の食などの支援も大切ですが、国の宝としての子どもたちの生活力を養う素地を育める場所へと誘うのが大切でしょう。

その為にも、何かあっても対応できる自分を鍛えておきたいと思います。

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