謙遜の聖域について 表面では、すぐバレる

謙遜は装う事はできますが、ホンモノの謙遜は、あまり見る機会が少ないように感じています。

自分が優位な立場に立って、付き合いたいと考えている人がいます。

その人は、相手が身を低くしてくれる人か? それとも、優位性を確保するためのネタに魅力を感じているだけかも知れません。

求めるものが優位性なのであれば、気を付けけるべきは、マウント合戦です。

話をすれば、自慢に聞こえる内容だとすれば、「相手が引く」という流れになっていきます。

当人は、「何とか相手の関心を引いて、信用してもらいたい」と考えているだけなのかも知れませんが、何をもって信用してもらうかには、慎重な精査が必要なのかも知れませんね。

大人しい人は、ただ、黙って、その時をやり過ごしている可能性もあります。

でも、その心の中は、どのような状態でしょう?

相手に対して、批判的な心持ちになっていないでしょうか?

もし、多少でもイライラ感があれば、表面上の体裁を整えていただけの可能性もあります。

マウントを取りたい相手に、マウントを気持ちよく取ってもらう心がけができる人は達人級かも知れませんよ。

それは、小さい子を否定せずに、その心情を汲み取れる人なのでしょう。

その相手が、小さい子で無くても、相手を馬鹿にすること無く、否定もせずに対応できる人は、スゴいと思います。

そもそも、利害関係がないケースでも、このような対応は、非常にハードルが高いと考えています。

この状況に、スマートな対応ができる人が、「謙遜」な人の要素ではないでしょうか?

それほど、高みの領域なのでしょうね。

そこまで、相手を受けとめ、相手を支える事ができる人は、そうそう、いないのではないでしょうか。

家庭や地域の中で、保護者的な役割が果たせる人にも、このような対応能力は必要ですよね。

自分でアピールしないというのが、謙遜な人の特徴だと思っています。

何をもって、評価するのかは、ケースバイケースだとは思いますが、そのような人に、見習いたいと考えています。

お面をかぶるような付け焼き刃の「謙遜」の装いは、すぐに、露見しますからね。

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