教会の成長報告とその後 使徒の働き12:24-13:3
『12:24 神のことばはますます盛んになり、広まっていった。
12:25 エルサレムのための奉仕を果たしたバルナバとサウロは、マルコと呼ばれるヨハネを連れて、戻って来た。
13:1 さて、アンティオキアには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、領主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどの預言者や教師がいた。
13:2 彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が「さあ、わたしのためにバルナバとサウロを聖別して、わたしが召した働きに就かせなさい」と言われた。
13:3 そこで彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いてから送り出した。 使徒の働き12:24-13:3新改訳2017』
教会が成長する背景は、人間がイメージするそれとは異なるケースが多いようです。
その多くは、迫害などの試練を背景として、福音が広まり、受け入れる信仰者も増やされています。
強権政治の時代でも、人間の自由意志が遺憾なく発揮されているということでしょう。
この使徒の働きの記述にある時期には、大飢饉があったと伝わっています。
ヘロデによる迫害は、その時期と重なり、A.D.44年~47年が激しかったようです。
思い返してみると、福音はエルサレム教会から、アンテオケ教会に伝わりました。
そのアンテオケ教会が成長し、経済的に裕福ではなかったエルサレム教会を支援するという流れになっていました。
その経緯は、成長したアンテオケ教会に、預言者アガボが登場し、エルサレム教会援助基金が設立されていたのです。ここに、創造主である神【主】の先回りの愛を感じることができます。
これらから浮かび上がるのは、「試練はやがて宝になる。春は、遠く感じてもやがて来る。」と言うことです。
人間には予測不能な世の中ですが、信仰を保ちながら、目の前の状況に向き合うマインドを維持したいですね。
使徒の働きを筆記したのは、医者のルカです。ルカならではの記し方に特徴があり、12章25節では、13章から登場するヨハネ・マルコについて触れています。チラ見せの予告というイメージですね。
A.D.48年になった頃のアンテオケ教会の体制について記されています。
バルナバは、キプロス出身のユダヤ人信者です。ディアスポラ、そしてコスモポリタンでした。
黒人 シメオン(シモン)は、エチオピア出身で、ニゲルというラテンニックネームを持っていました。
クレネ人、ルキオは、ヘレニストのユダヤ人でした。
マナエン(メナヘム)は、国主ヘロデの乳兄弟と記されています。
サウロは、タルソの出身、ガマリエルの英才教育を受けた熱心すぎる迫害者から、復活のイエス・キリストの光に打たれて、改心し、いのちをかけた宣教者になりました。後なる者が先になる。今後、主役になる。
この5人の預言者と教師によって運営されていたのです。
聖霊による派遣命令が下り、バルナバとサウロは、3人のリーダーたちの鞍手祈祷により、送り出されました。
この当時、新約聖書は未完成でした。
聖霊による直接的な語りかけは顕著にありますが、21世紀には、それほどの頻度ではありません。
聖書の完成と関係があると考えられています。
ですから、聖霊による導きの受け止め方も違いがあるという事を認識しておく必要があります。
皮なめしシモンの家で、ペテロが見せられた幻から、理解が追いつかないほどの急展開です。
しかし、その幻の内容は「食べてはいけない動物=異邦人」であるという理解が共有されていたのです。
その理解から、異邦人への伝道が進展して行ったのです。





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