ヨハネの黙示録第21章スタディーノート
ヨハネの黙示録21章『新天新地、新しいエルサレム』
21:1 新しい天と新しい地
21:2 新しいエルサレム
21:3~4 第一の宣言
21:5~8 第二の宣言
21:9~10 聖なる都エルサレムの啓示
21:11 神の栄光
21:12~13 城壁
21:14 城壁の土台
21:15~17 広大な面積
21:18~21 材質
21:22~23 不要になった物
21:24~27 そこに入るのは聖徒たちだけ
ヨハネの黙示録第21章スタディーノート
※この章では、永遠の御国である新天新地について記されています。
※ここでは、誤解を与える懸念が無い領域なので神との表現があります。
(1)新しい天と新しい地(21:1)
聖書のストーリーは、エデンの園で始まり、アダムとエバは、創造主である神【主】に対して罪を犯しました。そのため、神は地を呪われました(創世記3:17~18、ロマ8:20~22)。千年王国は、自然環境が植物の園エデンの状態へ回復するのですが、「罪」は依然として存在するのです。
永遠の秩序が現れる前に、『以前の天』と『以前の地』は無くなると記されています。
『最初の天と最初の地(新共同訳)』
『先の天と先の地(口語訳)』
『以前の天』とは、『第一の天』と『第二の天』で、この二つは消滅するのです。そして、新しい天と地が、古いものに取って代わります。
他の聖書箇所も、天と地は過ぎ去ると記しています(詩102:25~26、イザヤ51:6)。
『24:35 天地は消え去ります。しかし、わたしのことばは決して消え去ることがありません。(マタイ24:35新改訳2017)』
『3:10 しかし、主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は大きな響きを立てて消え去り、天の万象は焼けて崩れ去り、地と地にある働きはなくなってしまいます。
3:11 このように、これらすべてのものが崩れ去るのだとすれば、あなたがたは、どれほど聖なる敬虔な生き方をしなければならないことでしょう。(2ペテロ3:10~11新改訳2017)』
21世紀の地球とは異なった環境が出現します。地球の大半が海で覆われていますが、新天新地では、その海がなくなるのです。千年王国では、まだ海が存在します。新天新地では、海にかわって、『いのちの水の川』(ヨハネの黙示録22:1)が用意されるのです。

(2)新しいエルサレム(21:2)
『新しい天と新しい地』の中に、『新しいエルサレム』が据えられます。新しいエルサレムは、新たに創造されるのではなく、『天から降って来る』のです。
新しいエルサレムは、『第三の天』にすでに存在していました(ガラテヤ4:26参照)。ヘブル11:9〜10に記されているように、アブラハムが求めていたのは、天のエルサレムでした。
この新しいエルサレムには、罪や不義は存在しません。また、新しいエルサレムは、実際に存在する都なのです。
『夫のために飾られた花嫁のように整えられて』という比ゆが用いられています。聖徒とされた者たちは、栄光の体をもってそこに住むようになるのです。
(3)第一の宣言(21:3~4)
第一の宣言は、『神は人々とともに住』んでくださるという約束(ヘブル12:22〜24の成就)です。
また、『神の幕屋が人々とともにある』とあるのは、シャカイナ・グローリー(神の栄光)が人と共に在るという意味です。旧約聖書では、シャカイナ・グローリーは幕屋の中の至聖所に宿りました。聖徒たちは、新しいエルサレムで永遠にシャカイナ・グローリーに囲まれて生活するようになるのです。
『神ご自身が彼らの神として、ともにおられる』とあるのは、創造主と被造物を遮断するものは、何もなくなり、聖徒は、神と直接的に交わるようになります。
『彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる(4節)』とは、新しいエルサレムにも、涙を流すような悲しみがあるという意味ではなく、「悲しみの原因が、すべて取り去られる」という意味です。ですから、涙を流す理由がないのです。
創世記3:16〜19の呪いがすべて取り去られます。植物の園エデンで、アダムとエバが罪を犯した時、呪いが被造世界に侵入してきました。それが、死であり、病であり、悲しみであり、苦しみでした。新天新地では、古い秩序と世界がすべて消え去り、罪から来た呪いも取り去られます。
(4)第二の宣言(21:5~8)
第二の宣言は、『わたしはすべてを新しくする(5節)』という約束です。これは、新しい天と新しい地が確実に創造されるという約束です。
『書き記せ』との命令が与えられています。また、神ご自身が、『これらのことばは真実であり、信頼できる』と言われるので、これ以上の保証はありません。
『事は成就した(6節)』とあるのは、全能の神が、計画の完成を宣言された。創造主である神【主】が約束されたことは、すべて成就するのです。
『わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである』とあるのは、神の永遠性と全能性を表現する御名です。
『いのちの水の泉』が用意されることが約束されます。これは、『信じる者が無代価で受けることのできる祝福』で、この水は、永遠に「渇きを癒す水」なのです。
『4:13 イエスは答えられた。「この水を飲む人はみな、また渇きます。
4:14 しかし、わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。」(ヨハネ4:13~14新改訳2017)』
『勝利を得る者』とは、信仰者のことであり、『これらのもの』とは、新しい天と新しい地、すなわち、新しいエルサレムのことです。信仰者は、神の子としてこれらのものを相続するのです。これは、朽ちていく財産ではないのです。
不信仰者が、相続するのは、『火と硫黄の燃える池の中にある』、『第二の死』です。『火と硫黄との燃える池の中』に投げ込まれることを、『第二の死』と呼びます。
ヨハネの黙示録のメッセージを真剣に受け止めるなら、私たちの世界観は革命的に変化せざるを得なくなります。ここが、思案のしどころで、永遠の分かれ道なのです。
(5)聖なる都エルサレムの啓示(21:9~10)
七つの鉢を持っていた御使いの一人が、ヨハネに『ここに来なさい。あなたに子羊の妻である花嫁を見せましょう。(9節)』語りかけました。『ここに来なさい』は、より高い次元で神の啓示を見させようとするもので、『子羊の妻である花嫁』とは、新しいエルサレムのことなのです。美しく着飾っているという表現のようです。
ヨハネは、『聖なる都エルサレムが神のみもとから、天から降って来る(10節)』を見せられました。これは、ヨハネの黙示録21:2にも出ています。この箇所は、「再記述の原則」で読み解く必要があります。
創世記1章と2章がその例で、1章の内容が、2章で詳細に解説されているのです。
聖なる都エルサレムの特徴が、ヨハネの黙示録21:11〜22:5にあり、それは、合計11の特徴が、より細かく記されています。
(6)聖なる都エルサレムの特徴(前半)
①神の栄光(21:11)
神の栄光とは、シャカイナグローリーのことです。旧約時代には、幕屋と神殿の中にシャカイナグローリーが宿りました。新約時代には、主イエスの内にシャカイナグローリーが宿りました。そして、最終的には、聖なる都エルサレムにシャカイナグローリーが宿ることになるのです。
ヨハネは、人間の言葉では描写できないことを伝えようとしています。この都の麗しさは、人間の想像をはるかに超えるのです。
②城壁(21:12~13)
城壁は、この都に与えられる神の守りを象徴しています。この都は、高い城壁で囲まれていて、高さに関しては、ここでは、まだ説明されていません。城壁は、資格のない者がこの都に入れないことの象徴なのです。
城壁には十二の門があり、それを守る御使いが任命されています。一つの門に対して、一人の御使いが置かれています。これは、神の守りを表現しているのです。
十二の門には、イスラエルの十二部族の名前が記されていて、その名前は、永遠に覚えられるのです。これは、『救いはユダヤ人から来る』ことを記憶するためでしょう(ヨハ4:22)。旧約時代の聖徒たちも、この都の住民であることが暗示されています。
城壁は、東西南北の四面からなっていて、各面に三つの門が配置されています。住民は、自由に出入りすることができるようです。聖徒たちは、新しいエルサレムの外で住むこともできるのでしょう。内は、新しいエルサレムであり、外は、新しい地なのです。
③城壁の土台(21:14)
土台石は、都の永続性を表しています。聖なる都エルサレムは、永遠に続くのです。この土台石には、十二使徒の名前が記されています。天的な教会(普遍的教会)は、使徒と預言者という基礎の上に建てられました(エペソ2:20)。教会時代の信仰者は、この都の住民となることが暗示されています。ヨハネは、自分の名前がそこに記されているのを見ました。彼の心境はどのようなものだったのでしょう。
④広大な面積(21:15~17)
都は、長さも幅も高さも全く同じ立方体の形をしています。一辺の長さは、一万二千スタディオンとあります(2,200キロメートル以上)。これを、象徴的な数字と解釈しなければならない理由は、何もありません。
これは、人類の歴史上最大の規模の都市です。あらゆる時代の聖徒たちが住むのに十分なスペースが確保できるのです。この都は、永遠の至聖所としての役割を果たすのです。
ソロモンの神殿の至聖所は、立方体でした。
『6:20 内殿の内部は、長さ二十キュビト、幅二十キュビト、高さ二十キュビトで、純金でこれをおおった。さらに杉材の祭壇も純金でおおった。(列王上6:20新改訳2017)』
『城壁を測ると、百四十四ペキス(17節)』で、メートルに換算すると約65メートルです。これは、人間に理解できる尺度での測定です。ヨハネの黙示録21:12に『大きな高い城壁』とありました。
⑤材質(21:18~21)
それは、驚くべき景観です。城壁は碧玉でできています。都そのものは、『透き通ったガラスに似た純金』でできています。つまり、透明に近い純金だというのです。これは、今まで見たこともない新しい材質でしょう。
次の十二種類の宝石も、新しい材質なのでしょう。ヨハネは、描写不可能な情景を、自分が知っている言葉で表現しているので、似た素材をあげているのでしょう。
城壁の土台石は、十二種類の宝石で飾られています。
<1>第一の土台石は碧玉(緑)
<2>第二はサファイア(青)
<3>第三は玉髄(緑がかった色)
<4>第四は緑玉(緑)
<5>第五は赤縞めのう(赤と白)
<6>第六は赤めのう(燃えるような赤)
<7>第七は貴かんらん石(黄金色)
<8>第八は緑柱石(深緑)
<9>第九は黄玉(緑黄色)
<10>第十は緑玉髄(黄金色の緑)
<11>第十一は青玉(青)
<12>第十二は紫水晶(紫)
※十二の門は、十二の真珠で、一つの門が、一つの巨大な真珠でできています。
⑥不要になったもの(21:22~23)
海は、新しい天と新しい地では無くなります(ヨハネの黙示録21:1)。
また、神殿が無くなります。聖書には、四つの神殿が記されています。それは、「ソロモンの神殿」、「捕囚から帰還して建てられた第二神殿(A.D.70年に破壊)」、「大患難時代の第三神殿」、「千年王国時代の神殿」です。
それらは、聖なる都エルサレムにおいては必要無くなるのです。その理由は、創造主である三位一体の神【主】ご自身がそこに臨在し、神殿になられるのです。ですから、聖徒は、神にあうために特定の場所に行く必要がなくなるのです。
太陽と月が無くなります。シャカイナグローリーが都を照らし、子羊が『都のあかり』となってくださるからです。異邦人たち、地の王たちは、この光に導かれて生活をするようになるのです。
『諸国の民』とは、異邦人を指す言葉です。ここから、ユダヤ人と異邦人の区分は、永遠に続くことが分かります。彼らは、神に栄光を帰すためにこの都に来るのです。イスラエル(ユダヤ人)も異邦人も、それぞれの方法で神の栄光を表すのです。
⑦そこに入るのは聖徒たちだけ(21:25~27)
聖徒たちだけがこの都に入ることができます。真珠でできた十二の門は、永遠に開け放たれたままです。聖書時代には、町の門は、夜には閉じられました。でも、新しいエルサレムでは、その都には夜がないので、開け放たれたままなのです。
『闇は罪から来る呪いの一部』として地上に現れました。罪のない世界では、闇が取り去られるのです。また、栄光の体に変えられた聖徒たちは、眠る必要がなくなるのです。
その門をくぐって都に入るのは、『子羊のいのちの書』にその名が書かれた者だけです。つまり、『贖われた聖徒』たちだけが都に入れるのです。
この時点では、罪人(不信仰者)たちは、第二の死によって『火の池』に閉じ込められています。ですから、自力でこの都に入れる者は、一人もいないのです。



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