激変したように見える人、変わらず真面目な人 真面目な人に座布団を10枚差し上げたい
世の中で、分かりやすい変化は「Befor」「After」のギャップです。
極道だった人が、更生して真っ当な人生を歩むなどは、一番分かりやすいケースです。
背中に、勇ましい虎の彫り物などを背負いながら、ネコのように丸くなり、ニコニコするような話しです。
そもそも、更生すること自体は、すばらしい事です。
セカンドライフ、市井の人になる人が増えることを願います。
でも、マスコミやメッセンジャーは、ギャップが激しい人を取り上げる傾向が高いですね。
これは、ずっと真面目に過ごしてきた人から見ると、複雑な思いがあっても当然だと感じています。
人間は、豹変したり、激変もするのです。
でも、変わらず、マイペースで、コツコツと人生を歩んでいる人が多くいるのです。私は、その様な人にこそ、座布団を10枚差し上げたいと思います。
元極道が、悔い改めて信仰者になると周囲も、次々と信仰者になると言う現象も起きることがあります。
それは、天にも喜びがあるすばらしい事です。
一方、真面目に過ごしてきた人、信仰生活をしてきた人の周囲で、何も起きないことも多々あります。
こんな時に、思い出すのが、次の聖句です。
『16:30 そして二人を外に連れ出して、「先生方。救われるためには、何をしなければなりませんか」と言った。16:31 二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」 使徒の働き16:30-31』
これを聞いてきた多くの信仰者は、自分が信じたら、家族も信仰者になり救われると思わされてきました。
実際に、その様にならないケースが多いのです。
そうすると、真面目な信仰者ほど、深刻なショックを覚えるものです。
どうやら、救いの原則を示した文脈ととらえた方が良さそうです。
信仰は、個人単位です。
ですから、まず、「私が信じたら私が救われる」のです。
そして、「家族が信じたら、その人が救われる」のです。
続けて書いてあるので、そのような誤解の温床になっているようです。
救いの時は、個人が心を開き、創造主である神【主】に向かうタイミングです。そこには、聖霊(第三位格)の取扱があります。それは、人間の業ではなく、【主】の御業なのです。
信仰者は、ジタバタすることなく、信仰の実態を生きて、平安で感謝をしていればよいのです。
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