額に汗して土作り 人間の与えられた使命?
「大地讃頌」という合唱曲があります。人間が土から造られた事をイメージし、大地を讃えている歌です。
「大地讃頌」(だいちさんしょう)は、1962年(昭和37年)に、大木惇夫の作詞、佐藤眞の作曲により書かれた、「混声合唱とオーケストラのためのカンタータ『土の歌』」の終曲。「大地賛頌」と書かれることもあるが誤りである。 日本の学校教育の現場では、卒業式等で歌われる定番曲として広く知られる[1]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%9C%B0%E8%AE%83%E9%A0%8C
大地への感謝という枠組みとなっていますが、もう少しイメージを膨らませると、創造主である神【主】を考えざるを得ない。いのちは、無秩序ではなく、秩序を保って営まれているからです。
人間は、肉体的生命を終えると、土に帰ると言うのは、人間なら誰でもわかっていることです。
でも、理屈でわかっていることと、腑に落ちているかは、別の話です。
ましてや、自分が置かれている状況なんて、わかりたくないという気持ちになる事もわかるように思います。
「額に汗して」とは、誓書の最初の書、創世記に記されている内容です。
それは、エデンの園から追放される時の宣告で、「女性には産みの苦しみ」、男性には「顔に汗を流して糧を得」というモノでした。
それまでは,エデンの園で、優雅な生活をしていたのです。
でも、取り返しの付かない失敗「罪」を犯したときに、状況が一変したのです。
『3:16 女にはこう言われた。「わたしは、あなたの苦しみとうめきを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。また、あなたは夫を恋い慕うが、彼はあなたを支配することになる。」
3:17 また、人に言われた。「あなたが妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、大地は、あなたのゆえにのろわれる。あなたは一生の間、苦しんでそこから食を得ることになる。
3:18 大地は、あなたに対して茨とあざみを生えさせ、あなたは野の草を食べる。
3:19 あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついにはその大地に帰る。あなたはそこから取られたのだから。あなたは土のちりだから、土のちりに帰るのだ。」 創世記3:16-19新改訳2017』
この後、人間は、エデンの園に近づくことも、入ることもできなくなりました。これから先に、千年王国(メシア的王国)が来ると預言されています。それは、エデンの園とは別のものです。でも、そのような環境が用意されるのです。
21世紀になっても、人間は、「顔に汗を流して糧を得」ています。今では、機械化も進んでいます。でも、酷暑の中でも、汗を流しながら、農産物を育ててくださる方々のおかげで、食卓は成り立っています。
機械化や合理化で、殺虫剤や化学肥料、農薬などで、健康への懸念は増すばかりです。
でも、1960年代くらいまで巻き戻して、多少カタチが悪くても、安心安全な野菜や果物が食べられないかと、考えています。
自分でも、猫の額ほどの家庭菜園で、色々、育ててみましたが、自給自足にはほど遠いです。
かと言って、広い農場をあてがわれても、面倒は見切れないでしょうけれどね。
まあ、自分ができることを、色々な汗を流しながら、コツコツと取り組む事にします。
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