投獄下での大地震と看守の救い 使徒の働き16:25-40
『16:25 真夜中ごろ、パウロとシラスは祈りつつ、神を賛美する歌を歌っていた。ほかの囚人たちはそれに聞き入っていた。
16:26 すると突然、大きな地震が起こり、牢獄の土台が揺れ動き、たちまち扉が全部開いて、すべての囚人の鎖が外れてしまった。
16:27 目を覚ました看守は、牢の扉が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったものと思い、剣を抜いて自殺しようとした。
16:28 パウロは大声で「自害してはいけない。私たちはみなここにいる」と叫んだ。
16:29 看守は明かりを求めてから、牢の中に駆け込み、震えながらパウロとシラスの前にひれ伏した。
16:30 そして二人を外に連れ出して、「先生方。救われるためには、何をしなければなりませんか」と言った。
16:31 二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」
16:32 そして、彼と彼の家にいる者全員に、主のことばを語った。
16:33 看守はその夜、時を移さず二人を引き取り、打ち傷を洗った。そして、彼とその家の者全員が、すぐにバプテスマを受けた。
16:34 それから二人を家に案内して、食事のもてなしをし、神を信じたことを全家族とともに心から喜んだ。
16:35 夜が明けると、長官たちは警吏たちを遣わして、「あの者たちを釈放せよ」と言った。
16:36 そこで、看守はこのことばをパウロに伝えて、「長官たちが、あなたがたを釈放するようにと、使いをよこしました。さあ牢を出て、安心してお行きください」と言った。
16:37 しかし、パウロは警吏たちに言った。「長官たちは、ローマ市民である私たちを、有罪判決を受けていないのに公衆の前でむち打ち、牢に入れました。それなのに、今ひそかに私たちを去らせるのですか。それはいけない。彼ら自身が来て、私たちを外に出すべきです。」
16:38 警吏たちは、このことばを長官たちに報告した。すると長官たちは、二人がローマ市民であると聞いて恐れ、
16:39 自分たちで出向いて来て、二人をなだめた。そして牢から外に出し、町から立ち去るように頼んだ。
16:40 牢を出た二人はリディアの家に行った。そして兄弟たちに会い、彼らを励ましてから立ち去った。 使徒の働き16:25-40新改訳2017』
激しくむち打ちをされたパウロとシラスは、発熱や出血、脱水などに見舞われていて、眠れなかったはずです。
その様な状態では、本性が出るのが一般的です。悪態をついたり、恨み言を言ったりして、自己正当化をアピールする人が多いでしょうね。このケースも、冤罪ですから当然のことかも知れません。
でも、パウロとシラスは、違いました。
「パウロとシラスは祈りつつ、神を賛美する歌を歌」っていたのです。
また、それに、他の囚人たちも「聞き入っていた(【喜びながら聞いていた】と翻訳できる)」のです。
パウロとシラスの魂は打ちひしがれず、状況に支配されずに、その祈りと讃美は天に届き、囚人たちの心にまで届いていたのです。
四面楚歌でも、天の窓は開いているという心理状態だったのでしょうか。囚われを感じたときの信仰者の特権は、まさにこのような感覚で、天への意識を強くできるのです。
そんな時に、大地震が起こります。不思議な地震で、「牢獄の土台が揺れ動き、たちまち扉が全部開いて、すべての囚人の鎖が外れ」たのです。
これは、拘束されている囚人には、脱走の大チャンスです。でも、誰一人、脱獄していませんでした。
でも、看守は、「囚人たちが逃げてしまったものと思い、剣を抜いて自殺しよう」としたのです。
パウロは、「自害してはいけない。私たちはみなここにいる」と大声で叫ぶます。
看守は、「明かりを求めてから、牢の中に駆け込み、震えながらパウロとシラスの前にひれ伏」すのです。
そして、「先生方。救われるためには、何をしなければなりませんか」と大切な質問をしたのです。
それに対する答えが、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」でした。
「彼と彼の家にいる者全員に、主のことばを語った。…そして、彼とその家の者全員が、すぐにバプテスマを受けた。」
これは、同じ信仰によって、一人一人が救われるという事です。この時は、看守と同じように家族全員が信仰を持ったので、救われることになったのです。
家族の中で、信仰を持った人が出たら、他の家族も必ず救われるものではないのです。
看守は、パウロとシラスを自宅へ連れて行き、傷の手当てをし、食事でもてなしました。
翌朝に、長官から「二人を釈放するように」命令が届きます。
看守は、これを、パウロとシラスに伝えますが、この時に、「長官たちは、ローマ市民である私たちを、有罪判決を受けていないのに公衆の前でむち打ち、牢に入れました。それなのに、今ひそかに私たちを去らせるのですか。それはいけない。彼ら自身が来て、私たちを外に出すべきです。」と主張しました。
この刑の執行は、きちんとした手続きを経ていなかったのです。
パウロとシラスがローマの市民権を持っていると聞かされた長官は、慌てて二人をなだめて、「牢から外に出し、町から立ち去るように頼んだ。」のです。
立場が、大逆転ですね。
「牢を出た二人はリディアの家に行った。そして兄弟たちに会い、彼らを励ましてから立ち去った。」とあるように、パウロとシラスは、信仰者たちとの交わりと世話になったルデア(リディア)に対するあいさつと励ましを欠かしませんでした。
パウロとシラスにとっては、理不尽な体験ですが、その中で、福音が伝わり、信仰者が増えているのです。
これも、創造主である神【主】の「状況による導き」が背後にあるのですね。
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