12人の弟子たちについて 使徒の働き19:1-7
『19:1 アポロがコリントにいたときのことであった。パウロは内陸の地方を通ってエペソに下り、何人かの弟子たちに出会った。
19:2 彼らに「信じたとき、聖霊を受けましたか」と尋ねると、彼らは「いいえ、聖霊がおられるのかどうか、聞いたこともありません」と答えた。
19:3 「それでは、どのようなバプテスマを受けたのですか」と尋ねると、彼らは「ヨハネのバプテスマです」と答えた。
19:4 そこでパウロは言った。「ヨハネは、自分の後に来られる方、すなわちイエスを信じるように人々に告げ、悔い改めのバプテスマを授けたのです。」
19:5 これを聞いた彼らは、主イエスの名によってバプテスマを受けた。
19:6 パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が彼らに臨み、彼らは異言を語ったり、預言したりした。
19:7 その人たちは、全員で十二人ほどであった。 使徒の働き19:1-7新改訳2017』
◆12人の弟子たちの救いについて(1a)
アポロは、エペソからコリントに移動しました。エペソ教会からの推薦状を持ってコリント教会を訪問したのです。アポロは、コリント教会で大いに用いられていました。その時期に、パウロはエペソに着いたのです。
パウロは、アンテオケから徒歩で300キロメートル以上を旅しながら、エペソに着きました。
エペソまでは2つのルートがありました。北のルートは、奥地(高地)を通るルート。道は険しいですが近道です。南のルートは、ローマが建設した道路を通るルートです。この時のパウロは、北のルートを選択しました。
エペソについて復習すると、①エペソは、アジアとヨーロッパを結ぶ重要な港でした。②紀元前(B.C.)1044年に建設された古代からある商業都市です。③紀元前(B.C.)4世紀以降、ギリシア風都市になりました(アレキサンダー大王と後継者たち)。④紀元前(B.C.)2世紀の終わりに、ローマが支配する都市になりました。⑤大いに栄えた商業都市で、当然のことながらアジア州の首都になりました。パウロの時代には、商業都市としては最盛期を過ぎていて、カイストロス川の土砂が、港に堆積し始めていました。⑥ユダヤ人にも寛容だったので、多くのユダヤ人が住んでいました。⑦世界の七不思議の一つアルテミス神殿(アレキサンダー大王が資金援助をし、66m×130mもある巨大な神殿、アテネのパルテノン神殿の4倍)がありました。⑧アルテミスは、多数の乳房を持った豊穣の女神で、ここは、アジアにおける偶像礼拝と売春の中心地でした。地域経済も、アルテミス信仰によって潤っていたのです。この地でパウロは、約3年にわたって伝道を継続し、生涯で最大の成果を上げています。ヨハネの黙示録2章に出て来る「七つの教会」は、この期間に設立されたものです。
◆何人かの弟子たちの不十分な信仰(1b~3節)
「弟子」というのは、通常は、イエスの弟子である信者を指します。パウロは最初、彼らを信者だと思い込んでいましたが、交わりをしている内に、彼らの信仰が不十分であることを感じたのです。
そこでパウロは「信じたとき、聖霊を受けましたか」と質問しました。
ここの英語翻訳に問題があると言われています。KJVは、信じることと聖霊を受けることを、別のこととして区別しているので、間違いではないかと指摘されています。正しくは、「信じた瞬間に私たちは聖霊を受ける」のです。ASVが原典の意味に沿っていると言えるでしょう。
日本語の訳文を比較してみると「いいえ、聖霊がおられるのかどうか、聞いたこともありません」(新改訳2017)が、一番良いとの評価があります。彼らは、福音の内容を知らず、聖霊の約束が与えられていることも知らなかったのです。ヨハネはメシアを「聖霊と火とのバプテスマをお授けになる」と紹介していたのですから、彼らの理解度は、アポロ以下だったのです。
3節の問いは、「それでは、どのようなバプテスマを受けたのですか(新改訳2017)」よりも「では、だれの名によってバプテスマを受けたのか」(口語訳)とする方が原典に近いニュアンスです。
また、英訳の「Unto…」(KJV)や「Into …」(ASV)の方が本質を表現していると言われ、つまり、バプテスマの基本的意味は、主イエスとの一体化なのです。
その問いへの回答は、「ヨハネのバプテスマです」で、彼らは、イエスの弟子ではなく、バプテスマのヨハネの弟子だと判明しました。20年前にバプテスマのヨハネから洗礼を受けたものの、イエスの公生涯以降の出来事を知らなかったようです。おそらくイエスの公生涯が始まる前に、イスラエルの地を去ったと考えられます。彼らは、アキラとプリスキラ夫婦に出会う前のアポロに似ています。彼らは、まだ救われておらず、聖霊の内住を経験していなかったのです。ユダヤ教からキリスト教への移行期において、このような信者がいたと考えられます。
◆パウロの教え(4~5節)
パウロは、彼らに福音を説明しました。ちょうどアキラとプリスキラ夫婦がアポロに説明したのと同じことが起っています。そもそも、バプテスマのヨハネの役割は、メシアを迎えるための準備をしたことで、その準備とは、悔い改めのバプテスマを授けることだったのです。
記者のルカは記録していないが、パウロは、イエスの死、埋葬、復活、昇天、聖霊降臨について説明したと考える事ができます。それを受けて、「これを聞いた彼らは、主イエスの名によってバプテスマを受けた」のです。彼らはパウロが語る福音を信じ、バプテスマのヨハネの弟子から、イエスの弟子となったのです。そして、信仰の結果としての水のバプテスマを受けました。そもそも、信仰がなければ、水のバプテスマは無意味です。
「主イエスの名によってバプテスマを受けた(5)」とありますが、「名」または「御名」は、存在をしましますが、ここの表現に焦点をあてると「they were baptized into the name of the Lord Jesus.」(ASV)が、バプテスマは、イエス・キリストとの一体化というニュアンスを表現できていると考えられます。
◆聖霊降臨(6~7節)
ここでは、パウロの按手によって、聖霊が彼らに下りました。それにより、異言と預言を語りだし、聖霊降臨のしるしとなりました。これは、彼らがイエスの真の弟子となったことをパウロに示すためのものでした。彼らは、バプテスマのヨハネの弟子から、イエスの弟子になったのです。
ここで、その人数が12と記されています。この12人の弟子たちは、やがて救われるユダヤ人たちの先駆け(エゼキエル36:26~27)であり、この時に救われた人数です。12という数字には象徴的意味は、教会が霊的イスラエルであると結論付けない方が健全な読み方です。
☆先駆者バプテスマのヨハネの影響は、長く続きました。
使徒の働き1:5(復活のイエスのことば)
使徒の働き11:16(ペテロの言葉)
使徒の働き13:25(パウロの言葉)
使徒の働き18:25(アポロの信仰の状態)
使徒の働き19:3~4(エペソの弟子たちの状態)
☆異言の現象は、新しいグループが救われる際に起こり、使徒の働きに4回その記録が出て来ます。
①使徒の働き2章:ペンテコステの日のユダヤ人の救い
②使徒の働き8章:サマリヤ人の救い
③使徒の働き10章:異邦人コルネリオの救い
④使徒の働き19章:バプテスマのヨハネの弟子たちの救い
しかし、これらの現象は、普遍的真理として適用するべきものではありません。ルカは、記者として歴史上起こったことを記録しているだけで、この12人は、バプテスマのヨハネの弟子グループの中から救われた人たちです。聖霊の賜物としての異言は、今の時代もありますが、すべての人が受けるわけではないのです。
異言とは、聖霊の導きにより、語る人が習得していない言語で語ることで、その言語がわかる人には理解できるメッセージです。誰も、理解できない言葉や創造主である神【主】を冒涜する言葉は、その背景を疑う必要があります。
☆聖霊が降る方法に一定のパターンはありません。
(1)4回の出来事の記録
①使徒の働き2章:12使徒たちの場合は、ヨハネの洗礼による悔い改め→イエスへの信仰→聖霊降臨の順です。
②使徒の働き8章:イエスへの信仰→水の洗礼→使徒たちによる按手→聖霊降臨
③使徒の働き10章:イエスへの信仰→聖霊降臨→水の洗礼
④使徒の働き19章:ヨハネの洗礼による悔い改め→イエスへの信仰→水の洗礼→使徒パウロによる按手→聖霊降臨
☆「使徒の働き」から教理を導き出してはなりません。
(1)「使徒の働き」ではなく、パウロ書簡の中に、適用すべき真理があります。
(2)聖霊を受けていない信者は、あり得ません(ロマ8:9、1コリント12:13)。
(3)体験によって聖書の教えを吟味してはなりません。
(4)聖書の教えによって、体験を吟味する必要があります。
(5)神の約束は、その時には体験的に分からなくても、必ずいつか分かるようになります。





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