情報の受け止め方 リテラシー
21世紀は、情報が洪水のように押し寄せてくる時代になりました。
その内容は、玉石混淆で、自分の中にフィルターが必要になりましたね。
リテラシーという外来語が、一般的に使われるようになってきました。
それは、次の説明を元に共有したいと考えています。
リテラシー(英: literacy)とは、原義では「読解記述力」を指し、転じて現代では「(何らかのカタチで表現されたものを)適切に理解・解釈・分析し、改めて記述・表現する」という意味に使われるようになり(後述)、日本語の「識字率」と同じ意味で用いられている。 ちなみに、古典的には「書き言葉を正しく読んだり書いたりできる能力」と言う限定的に用いられる時代もあった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%86%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%BC
日本は、教育の成果として、識字率が高いと言われています。
ある調査によると、キューバが識字率99.9%と出ています。
日本は、識字率99%という調査があります。
しかし、ここ数年、識字率の低下を肌で感じる事があります。
移民政策の影響も感じています。中には、理解力や言語能力、対話能力、適応力に優れた人がいることは認識しているつもりです。
でも、これまでの日本が積み重ねてきた穏やかさを感じられない要素が増えつつあります。
これは、外国からの移住者だけではありません。
日本人が、代を経るごとに、変化していると言うこともあるのではないでしょうか。
古い習慣は、何が何でも継承するという考え方もあります。
そこまで、極端ではなくても、四世代くらいの幅で、住空間を共有できる工夫をしていく必要性を感じるようになりました。
一言で言えば、コミュニケーション不足なのでしょうね。
ローカルの「あれ」や「それ」を共有するためのリテラシーを周知する工夫が求められているように感じています。
世界のちゃぶ台返しと言われるような「トランプ革命」の時代に生かされている人間は、その流れをどのように受けとめて、サバイバルしていくのか?
長いものに巻かれるだけでは、生き残れない可能性もあります。
情報をキャッチした上で、自分の中で思考し、その時の最適な選択をしていきたいですね。
現代のリテラシーは、習得するのに、ハードルが高いと感じています。






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