はたして正しい解決はあるのか? ウィルコックス
『いかなる問題も正しく解決せられるまでは解決せられたのではない。 ウィルコックス『正しい解決』』
世の中には、絶対的な正解は無いと感じています。
冒頭のフレーズは、「正しい解決」を求めていますが、それにたどり着けるケースがどれくらいあるのか興味もあります。
現実的には、課題に向き合ったときに、情報収集や熟慮を重ねた上で、どこかの段階で、方針を決定する必要があります。
それは、その段階でのベストという判断です。
しかし、その結果が、想定通りの完璧というケースは稀です。
そういう結果になったら、素晴らしいことです。大喜びですね。
でも、合格点を65点にするのか? 80点にするのか?
そのラインを越える結果だとしても、課題が残ることが大半だと思います。
あるいは、そのラインをはるかに下回ることもありますよね。
今の私が考えている正しい解決とは、決断の結果を受けとめる事だと考えています。
自分自身だけで、判断した場合、その過程を見つめ直すことを習慣化する努力をしています。
そのような情報をどのように収集し、どの方向を向かって、どうするのかを決断したという振り返りをするのです。
つまり、良かったポイント、イマイチだったポイントをリストアップするのです。
そして、それを次の決断に生かしていこうという発想です。
これは、「正しい解決」を得て、決断をするという理想的なものではありません。
しかし、人生の旅路の中で、現実的に、「正しい解決」に近づいていくというニュアンスですね。
「失敗や試練を生かす」という言い回しをよく聞くようになりましたが、その実践や探究は、地味で根気が要るプロセスだと実感しています。
大きな損失が出る大失敗という事にも出くわすのは一生に何度あるでしょうか?
まあ、それで、ゲームオーバーになるというケースもあります。
でも、生きていれば、また、ゲームをはじめられる可能性はあるのです。
自分にとっての、「正しい解決」は、巨万の富を得る世間的な大成功とは違うようです。
でも、「カネ」がなくても「知恵」を出せというニュアンスが、現実的なのかも知れませんね。
おカネの使い道によっては、時には「正しい解決」を遠ざけることもありますから、気を付けたいと考えています。





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