一生懸命やるのは? モンゴメリ
『一生懸命やって勝つことの次にいいことは、一生懸命やって負けることなんだわ。 モンゴメリ『赤毛のアン』(講談社)
思わず唸るフレーズです。
21世紀の価値観の多くは、「一生懸命やって勝つこと」の結果を追求する傾向が強いと感じています。
しかし、人生には、願っている結果が出ない事の方が多いことに気づくと、絶望感に打ちひしがれます。
でも、そんな時、後半のフレーズが、心に刺さります。
それは、「一生懸命やって負けること」です。
共通するのは、「一生懸命」です。
よく似た言葉で「一所懸命」というものもあります。
これは、焦点を合わせる所が多少違うかなと言うニュアンスですね。
競技に臨む人たちは、大会に向けて、「懸命」なトレーニングをしながらその時を待ちます。
それでも、結果は、それぞれです。
競技大会で、よいパフォーマンスが出せた人が、表彰台の一番高いところに乗るのです。
それは、あくまでも結果の一つに過ぎません。
近年の特にウインタースポーツの光景は、ギスギスしていない雰囲気を感じます。
お互いにリスペクトし合って、良いパフォーマンスに対しては、素直に喜びを共有し、讃えています。
まさに、フェアプレーを見せてもらっているのです。
スノーボードやモーグルなど、難易度が高い競技はなおさらです。ウマくいかないこともあるとお互いに共通認識があるからなのでしょうかね。
ルーシー・モード・モンゴメリ(Lucy Maud Montgomery、1874年11月30日 – 1942年4月24日)は、カナダの小説家である。『赤毛のアン』の作者であり、本作を第一作とする連作シリーズ「アン・ブックス」で良く知られている。国際的に親しまれる英系カナダ文学の草分け的人物であり、日本で訳書が出版された最初のカナダ文学者でもある[1][2]。
(中略)
気難しい祖母との辛い暮らしの中、相談相手となってくれた[5]長老派教会牧師ユーアン・マクドナルドと1906年に婚約。1908年最初の長編小説『赤毛のアン』を出版し、世界的ベストセラーとなる大成功を収める。ユーアン・マクドナルドとは祖母が亡くなった直後、モンゴメリ36歳の1911年7月11日に結婚し、英国・スコットランドへの新婚旅行の後、オンタリオ州リースクデール(現ダラム地域アクスブリッジ )に移り住んだ。
モンゴメリは続く11冊の本をリースクデールの牧師館で書いた[注 2]。1919年に最も親しかった従妹のフレドリーカ・キャンベル・マクファーレンを病気で失くす[5]。この喪失感は生涯続いた[3]。1926年に一家はノーヴァル(現在のオンタリオ州ハルトンヒルズ)に移住した[注 3]。(以下略)
https://ja.wikipedia.org/wiki/L%E3%83%BBM%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%A1%E3%83%AA







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