喜びながら苦しむ憧れの生活 リヒャルト・ワーグナー
『だけど、ああ、やっぱりぼくは死ぬべき人間なのです。あなたの愛は僕には強すぎます。神さまならいつもたのしんでばかりゐられよう。けれどぼくは、変化にしたがふ人間なのです。喜びばかりが心にかかるのではなく、喜びながら苦しみにもあこがれたいのです。 リヒャルト・ワーグナー 歌劇『タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦』より』
人生には、喜怒哀楽あるというのが、人間の定めとされています。
でも、喜びと楽しみは当たり前の感覚という人が多いのでしょうか?
怒りや哀しみを感じると、大きな痛みを伴う人が多いようです。
「ネガティブ・カウント、ポジティブ・スルー」という言い回しもあるほどです。
自分にとって、少しでも「イヤだ」と感じる事は、とても大きな苦痛が伴うモノです。
「イイ事」があっても、一時的で、そのうれしさが継続しないのです。
そうは言っても、何も無いと退屈だと言い出しかねません。
人間は、どこまでも「無い物ねだり」です。
自分で納得するカタチを求めるというイメージでしょうか?
その一つのパターンは、「自分が何かの犠牲を伴わないと受け入れられない」というものです。
これは、高額な商品が売れる心理的カラクリでもあります。
モノには、希望小売価格がありますが、それを定めるのは誰かという話です。
同じような商品で、見た目も変わらずに、名前やパッケージが違うというだけで、価格差を付けるという事もあるようです。
例えば、コーヒーでも、量を少なくして桐箱に入れるだけで、高級感は出ます。さらに、一手間かけて粒ぞろいするだけで、より美味しく感じられるようになったりすると言います。
自分が、欲しいと思うモノに、相応の価値を感じれば、その金額の大小は関係ないのです。
しかし、自分が満足すれば良いケースは、それで良いのですが、そうでは無いケースもあります。
本当に必要な助けを必要としている場合、第三者の善意にすがるかどうかという選択です。
ヘタに意地だけはると、結果的にダメージが広がる事もあるので、その様な時には、柔軟性も発揮したいですね。
人間は、「喜びながら苦しみにもあこがれ」を持ち続ける不思議な生き物なのですね。
ヴィルヘルム・リヒャルト・ワーグナー(ドイツ語: Wilhelm Richard Wagner, ドイツ語: ˈʁɪçaʁt ˈvaːɡnɐ、1813年5月22日 – 1883年2月13日)は、19世紀のドイツの作曲家、指揮者、思想家。名はワグナーやヴァ(ー)グナーとも書かれる[* 1]。
ロマン派オペラの頂点であり、また楽劇の創始者であることから「楽劇王」の別名で知られる[要出典]。ほとんどの自作歌劇で台本を単独執筆し、理論家、文筆家としても知られ、音楽界だけでなく19世紀後半のヨーロッパに広く影響を及ぼした中心的文化人の一人でもある。





ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません