日本人の道徳観の根元 ルース・ベネディクト
『日本人は恥辱感を原動力にしている。明らかに定められた善行の道標に従えないこと、いろいろの義務の均衡をたもち、または起こりうべき偶然を予見することはじができないこと、それが恥辱である。恥は徳の根本である、と彼らは言う。恥を感じやすい人間こそ、善行のあらゆる掟を実行する人である。 ルース・ベネディクト『菊と刀』(光文社)』
「恥」は、儒教の影響が大きいと聞いたことがあります。
日本では、それが、深く根付いているようです。
人の視線を意識しながら、自らを戒める構図ですね。
これには、弊害もあると感じています。
その理由は、「自分は悪い」とか「恥ずかしい」存在だと思い込んでしまう事です。
そもそも、存在は「常に良い」のです。
これが、自己肯定感の基本です。
この切り分けができないで、苦しんでいる人が多いのです。
戒めが必要なのは、動機の要素と、行為の要素です。
そもそも、ワル巧みの発端は、誰かに対する感情です。
これを元にして、行為へと発展していくのです。
冒頭のフレーズを記したルース・ベネディクトは、『菊と刀』の中で、日本人の精神性について語っています。
この一文を聞くだけでも、日本人として、背筋が伸びる思いがします。
「恥」という感覚はありますが、「徳」という要素は、ナカナカ縁遠い気持ちがします。
これは、先述の刷り込みの影響だと感じる面です。
ただし、「恥」の反対側の「善行」というイメージよりは、自発的な行為としての「善行」を自然体で行えるようになりたいという思いになりました。
『菊と刀』(きくとかたな、原題:The Chrysanthemum and the Sword: Patterns of Japanese Culture)は、米国の文化人類学者ルース・ベネディクトによる、日本の文化を説明した文化人類学の著作である。
概要
『菊と刀』は、ベネディクトの戦時中の調査研究をもとに1946年に出版された。ベネディクトは、フランツ・ボアズより教わった急進的な文化相対主義の概念を日本文化に適用するべく、恩や義理などといった日本文化『固有』の規範を分析した。本書は戦時情報局の日本班チーフだったベネディクトがまとめた5章から成る報告書「Japanese Behavior Patterns (日本人の行動パターン)」を基に執筆された[1]。日本国内では1948年12月28日、長谷川松治訳[2]が社会思想研究会出版部から出版された。
倉智恒夫によれば、『菊と刀』の認識パターンは、フランス人のルイ・カザミヤン[3]によるイギリス論『イギリス魂-その歴史的風貌』(1927年、訳書は現代教養文庫)と共通するものがあるという。(以下略)





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