希望への対処 箴言19:18
『19:18 望みのあるうちに、自分の子を懲らしめよ。しかし、殺そうとまで考えてはならない。 箴言19:18新改訳2017』
この箴言の本質は、「お互いにより良く生きる」ためのアプローチです。
「殺そうとまで考えてはならない。」という結びは、非常にインパクトが大きいです。
近年、報道などで目立つのは、親の暴力や育児放棄により命を落とす幼児の事です。
その様な報に接する度に、心を抉られる思いがします。
これらは、「未必の故意」も含めた殺人行為に他なりません。
親という漢字の成り立ちは、「木の上に立って見る」と教えられました。
今の時代の現実は、密着しすぎている傾向も感じます。
まず、どれだけ幼くても、別人格としての接し方が大切ですね。
「望みのあるうちに」というのは、何歳なのかではなくて、成長の段階に合わせて適切なアプローチが大切と言うことでしょうね。
最近は、正解探しをインターネットで検索する人が多いので、Q&Aサイトには、多くのアクセスが多いと聞きます。
しかし、世の中に、絶対的な正解は存在しないと言ってもよいほど、多様性に満ちています。
料理レシピに、適量の調味料と書いてあるのに「?」と、私も感じた事があるのです。
でも、人生のあらゆる対応は「適切に」という事なので、悩みが深くなるのです。
「自分の子を懲らしめよ」が一番、戸惑うポイントだと思います。
自分自身が、人生の岐路に立たされたときに、「右」か「左」か「後退」か「立ち止まる」かなどの選択肢が考えられます。
選びやすい選択か? 自分にとって最も厳しい選択か? 選択を放棄するか?
その時に、自分への健全愛が試されるのだと私は考えています。
子へのアプローチでも、これがベースになっているようです。
生きるための基本原則や保護者の考え方を客観的に告げることが大切ですね。
さらに、子の不安や意欲の方向性を観察しながら聴き取る姿勢が最も大切なのだと考えています。
懲らしめるといっても、何も、ライオンが子ライオンを崖から突き落とすようなアプローチをする必要はないですよね。
保護者は、子の選択を支持して、応援しながら見守るというのが基本対応でしょう。
子どもからあまりにも、大胆すぎる決断を表明されたら、失神してしまう可能性もありますね。





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