「クリスチャン」という呼び方の由来について 使徒の働き11:26
『11:26 彼を見つけて、アンティオキアに連れて来た。彼らは、まる一年の間教会に集い、大勢の人たちを教えた。弟子たちは、アンティオキアで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。 使徒の働き11:26新改訳2017』
『 11:26 彼を見つけたうえ、アンテオケに連れて帰った。ふたりは、まる一年、ともどもに教会で集まりをし、大ぜいの人々を教えた。このアンテオケで初めて、弟子たちがクリスチャンと呼ばれるようになった。 使徒の働き11:26口語訳』
クリスチャンは、日本では1%程度と言われて久しいですが、どうやら、その数字はあまり変わっていないようです。しかし、創造主である神【主】に対する態度は、内心のテーマなので、本当のところが数字に反映されているかは、正直なところ分からないと、私は考えています。
信仰の対象、信仰の内容など、一口にキリスト教と言っても、一括りにできない要素を内包しているので、人間の思想・心情と創造主である神【主】の基準に合致するなど、最終的なジャッジは、神のみぞ知るとなるのではないでしょうか?
信仰の実態が伴わない自称クリスチャンも存在するので、お付き合いをする場合、お互いに実質を見ながら共有範囲を設定していく必要がありますね。
私が、大切だと考えているのは、「福音の三要素」です。これとどのように向き合うかでしょう。
使徒の働きの時代に、アンテオケ教会に集う信仰者が、はじめて「クリスチャン(キリスト者)」と呼ばれるようになったと聖書のこの箇所に記されています。
使徒の働きの時代では、ユダヤ人信者から、異邦人信者が増えつつあるという状況でした。
ユダヤ人信者は自称しないという背景があるようです。
その背景は、キリスト教会がユダヤ人を迫害した歴史、また、ユダヤ人に拒否されるのを避けるため、さらに、軽蔑されるのを避けたいなどの理由があります。
ユダヤ人信者の呼称もさまざまです。
ナザレ人(使徒の働き24:5)、この道の者(使徒の働き9:2)、弟子(使徒の働き6:1)、信者(使徒の働き4:32)、ジューズフォージーザス、メシアニックジュー、メシアニック、ジューイッシュビリーバー、ユダヤ人クリスチャン、ヘブル人クリスチャン(やわらかめの表現)、クリスチャン(ギリシャ語)などがあります。
そもそもクリスチャンという呼び方は、人間が貼り付けたレッテルに過ぎません。
どのように呼ばれても、信仰者は、創造主である神【主】にあって家族です。
イエス・キリストを通じて、創造主である神【主】と和解し、聖霊を受けて、キリストとともに在るのです。
これが、選び別たれた者としての立場なのです。
その原則は、「信仰により、恵みにより」救われるのです。
創造主である神【主】との和解が成立した瞬間から、永遠の生命がはじまるのです。
これが、キリスト者に与えられた「究極の祝福」なのです。
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