パウロが用いた伝道の原則 ロマ9:1-5
『9:1 私はキリストにあって真実を語り、偽りを言いません。私の良心も、聖霊によって私に対し証ししていますが、
9:2 私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります。
9:3 私は、自分の兄弟たち、肉による自分の同胞のためなら、私自身がキリストから引き離されて、のろわれた者となってもよいとさえ思っています。
9:4 彼らはイスラエル人です。子とされることも、栄光も、契約も、律法の授与も、礼拝も、約束も彼らのものです。
9:5 父祖たちも彼らのものです。キリストも、肉によれば彼らから出ました。キリストは万物の上にあり、とこしえにほむべき神です。アーメン。 ロマ9:1-5新改訳2017』
パウロが実践した伝道の原則についてまとめます。
その地のユダヤ人から伝え始め、異邦人へと広げて行きました。
その理由は、シナゴーグ(会堂)の存在です。
当時のローマ世界では、ユダヤ人が各地にいて、成人男子が10人居れば、会堂を建てると言う流れになっていました。これは、異邦人世界で、ユダヤ人が生きていくための学校のような位置づけだったのです。
ユダヤ人共同体があり、それが、見える形になったのがシナゴーグです。
それを知っていたパウロは、その地のシナゴーグを拠点に、伝道の口火を切ったのです。
神学的には、まず、ユダヤ人に福音を語り、拒否したら、異邦人に伝えるという流れでした。
これは、ユダヤ人だけが特別に救われるという意味ではありません。
これは、間違いですから注意して読んでほしいのですが、置換神学では無千年王国の立場を取りますが、イスラエル(ユダヤ人)がイエス・キリストを拒絶したので、教会が霊的イスラエルになったと教えています。事実に反する曲解です。
そもそも、最初の人間アダムが、取り返しのつかない失敗を選択したので、肉体的生命は「罪」を引き継ぐことになりました。その全人類の救済計画は、創世記3:15に示され、御子イエス・キリストが十字架の贖いによって、救済計画を完成させたのです。初臨のイエス・キリストは、肉体的には、ダビデの血筋です。つまり、ユダヤ人です。その救済計画は、ユダヤ人、イスラエルを通じて実現されました。さらに、これから起きる聖書的なイベントは、イスラエルを軸に動くのです。
その見方も大切です。
イスラエルと自称しても、ニセモノもかなりあるからです。
さまざまなことがありながら、やがて、人類の救済は、新天新地をもって完結にいたります。
選民だから特別優遇されているばかりではありません。それに伴う役割も重要な部分があるのです。
ペンテコステの日に誕生したエルサレム教会は、ユダヤ人信者でスタートしました。これが、創造主である神【主】の計画だったのです。
冒頭に引用した聖句は、パウロのユダヤ人への愛を吐露した証言です。また、ロマ10:1では、パウロは神にユダヤ人の救いを求めています。
伝道の順序と実際の進展には、ギャップが起きます。ある土地で、ユダヤ人が拒絶して、異邦人信者が先行して増えても、それは、やがてユダヤ人の民族的救いに繋がるステップであるとパウロは知っていました。
聖書の預言によれば、異邦人信者の数が満ちると、普遍的教会が完成し、空中携挙されます。
その後、大患難時代が到来し、その最後の三日間に、ユダヤ人の民族的な悔い改めが起きて、その時に生存しているユダヤ人は救われます。
それに、応答する形で、御子イエス・キリストが、栄光のメシアとして再臨されるのです。
信仰者と言えど、肉体的生命とは分離できない「罪」を抱えながら、創造主である神【主】の愛を実感し勝ち確定で、永遠の幸福マインドをもち平安な歩みができるのです。
悪魔(サタン)は、御子イエス・キリストの十字架の贖いが完成した時に、頭を砕かれ負け組確定になりましたが、千年王国の終わりに火の池に投げ入れられるまで、その道連れを探すために、蛇のごとくのたうち回り続けるのです。
これを冷静に受けとめて、人生の選択をしていただきたいと思います。
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