保証人について 箴言22:26-27

『22:26 あなたは人と誓約をしてはならない。負債の保証人となってはならない。
22:27 あなたに償うものがないとき、人があなたの下から寝床を奪ってもよいだろうか。 箴言22:26-27新改訳2017』

保証人の制度も変化しています。

賃貸住宅の場合、保証人を請け負う専門業者があります。

住宅ローンのケースでは、支払う義務がある人が死亡したら、保険金で残額が保証される制度もあります。

本来は、借り入れをする場合には、担保か保証人を求められるという制度です。

借りたものを返済できない場合に、貸した側が回収できるようにするためです。

モーセ律法にも、そのケースの対処法が示されています。しかし、7年ごとのヨベルの年で解消されるという救済策もあり、いのちは守られ、やり直しができるというものです。

今の世界では、見たことが無いケタの債務が棚上げ状態で、誰も責任がとれないという嘆きを耳にすることがあります。それを解消するために、グレートリセットをするという話もあります。

その根っこの部分は、7年ごとのヨベルの年の発想であり、また、50年目の大ヨベルの年という要素でもあります。果たして、どのような結末を迎えることになるか? 注視したいと思います。

お金を貸している側が強いと思っていたら、現実は違うようです。

借り続けていて、返済の猶予を迫る、借りている側の立場の方が強いのだそうです。本末転倒ですね。

ですから、借金を棒引きにしてリセットした方が、次へのステップが踏み出せるという選択をするケースも多くなるのもなんとなくわかります。

この箴言に「負債の保証人となってはならない。」とあるのは、そのような要素も踏まえて適切な判断をするように示唆されています。

「その借金が肩代わり可能か?」
「肩代わりすることがその人のためになるのか?」
「肩代わりした場合に自分の家族への影響がどれくらいか?」なども考えておく必要がありますね。

「人と誓約をしてはならない。」と記されている事も大切です。

「絶対」という言葉を連呼するタイプの人もいます。
そこまで軽い誓約は、その人の性格によるモノでしょうか。
あるいは、その人の心理的背景でしょうか?

約束や誓約というモノは、互いにとって、それなりにある程度の重みがあります。

その重みを共有できるような信頼関係を確認しているのです。

創造主である神【主】は、人類が贖えない罪を背負った状況から、御子イエス・キリストが肉体的生命として初臨し、十字架刑により、その罪科を肩代わりして下さったのです。それにより、人類の救済は完成しました。

それに応答する人は、永遠の命を与えられ、永遠の幸福マインドで生きることができるのです。そこに、究極の命をかけた保証があるのですね。

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