使徒の定義について 1コリント9:1、2コリント12:12、エペソ2:20
人間は、権威に対して、無力にされることが多いです。
それが、創造主である神【主】の権威であれば、服従することによる保護と祝福を得られるのです。
しかし、この世の中は、マウントの取り合いです。
自分が、正統派だと主張したいがために、ついつい、創造主である神【主】に成り代わってしまう事もあるようです。
今の時代にも、「使徒職の回復」なる動きがあり、その解釈の歪みが、さまざまなトラブルへと繋がるケースが多いので、注意が必要です。
そこで、使徒の定義についての確認をしておきましょう。
『9:1 私には自由がないのですか。私は使徒ではないのですか。私は私たちの主イエスを見なかったのですか。あなたがたは、主にあって私の働きの実ではありませんか。 1コリント9:1新改訳2017』
使徒の定義の一つ目は「復活の主に遭っている」かどうかです。サウロ(パウロ)は、イエスの地上生涯での立場は、敵対するポジションでした。ですから、初臨のイエスの弟子ではありません。しかし、迫害者としてダマスコに向かっていたときに、復活の主イエスの光に打たれて、改心へと導かれました。
また、他の弟子たちのケースは、十字架で死んだイエス・キリストを受け入れられず、自失呆然としていました。しかし、復活の主は、彼らの前に顕現されたのです。
これは、大きなポイントです。
『12:12 私は忍耐を尽くして、あなたがたの間で使徒としてのしるしを明らかにしました。しるしと不思議と力あるわざによってです。 2コリント12:12新改訳2017』
使徒の定義の二つ目は、「しるしと不思議と力あるわざによって」です。
これは、限定された人たちが行った、聖霊によるチカラあるワザです。
この時代は、使徒の働きが記録されている時代です。聖書が完成している今の時代とは、創造主である神【主】の御業を提示する方法が違ったと考えています。その時代は、【主】の証を保証するために行われたのです。
21世紀においても、不思議なワザが起こされています。しかし、それが、創造主である神【主】の栄光を表すものなのかを吟味する必要があります。
21世紀における【主】の証を保証する役割は聖書です。
『2:20 使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられていて、キリスト・イエスご自身がその要の石です。 エペソ2:20新改訳2017』
ペンテコステ(聖霊降臨)からはじまった、普遍的教会の構築は、福音の伝播により、21世紀も継続されています。創造主である神【主】が決めた普遍的教会の完成に至ったときに、空中携挙が起きます。
その時は、【主】ご自身にしかわかりません。
その時まで、【主】が備えた場所に、信仰者が、イエス・キリストの代理人として福音を語るという使命は継続されているのです。
使徒職の回復を叫ぶ集団には、注意が必要のようです。
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