思いやりについて 重いヤリにならないように 箴言25:20
『25:20 心配している人の前で歌を歌うのは、寒い日に服を脱ぐようなもの、ソーダの上に酢を注ぐようなものだ。 箴言25:20新改訳2017』
2025年の日本では、41度越えの猛暑があり、水源が枯渇する懸念や不安定な気象など、よくわからない時代に突入しています。
体温を超える気温と湿度が不快指数を押し上げ、体調不良の人を増やしています。
自分の身を置く環境が、体調を維持できるように調整をしたいですね。
冒頭の箴言は、「傷口に塩を塗る」という言い回しに似ていると感じます。
元気がない人がそばにいると、元気を出してもらおうと思ったり、頼まれてもいないのに、余計なお節介をしてしまいがちです。
また、そのような人がいることも、気づかずに、無神経な振る舞いをしてしまうこともあります。
どのようなアプローチでも、その人がどのように受けとめてくれるのか?
それが、焦点になると考えています。
不快に感じるアプローチは、できるだけ避けたいモノです。
「心配している人の前で歌を歌う」にも、さまざまな状況がありますね。「心配している人」は、「心の痛める人(口語訳)」や「苦しむ心(共同訳)」などとも翻訳されています。
その場を明るくするためにとか、単に自分が歌いたいからなどと、相手を意識した動機もあれば、そうではない事もあります。
でも、その結果は「寒い日に服を脱ぐようなもの」と言われます。体温を越えるような暑さの中では、服を脱いでしまいたい衝動に駆られるでしょうけれど、寒い日なら身体を冷やし、体調不良の要因になります。
そのような張り詰めたシーンでのダジャレも、リスクが高いので、覚悟して発する必要がありますね。
明るめに「サブイ」という反応が返ってくれば、しめしめですが、反応さえできないと、相手を追い込むことになりかねません。
「ソーダの上に酢を注ぐようなもの」とは、ソーダ(炭酸カルシウム)に酢を注ぐと、酸との反応で大量の泡を出しながら溶けてしまいます。
ここでは、見える範囲の反応(ソーダ(炭酸カルシウム)が消える)を取り上げることによって、逆効果というイメージを表現しているのです。
でも、この反応は、全く無駄というわけでは無く、生活の知恵としても活用されています。
この箴言は、相手を元気づけたいと思うなら、相手の気持ちを観察し、適切なアプローチで臨むという教訓の提示だと受けとめています。
時には、相手のマインドが落ち着くまで、見守ることも必要ですね。
また、相手を叱咤激励するように鼓舞するアプローチが有効な時もあります。
相手との関係性と、自分のタイプなど合わせて、考えていく必要がありますね。





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