小さいこと、でも大切なこと ジョルジュ・ベルナノス

『小さい事といふものは詰まらんもののやうに見えるが、しかしそれは平安を與へる。それは野の花のやうなものだ。何の香もしないやうに思はれるが、全體集まるといゝ香りがする。小さい事柄の祈りは罪がない。各の小さい事柄の中には天使がゐる。君は天使に祈るかね? ジョルジュ・ベルナノス『田舎司祭の日記』(春秋社)』

大輪のユリや胡蝶蘭などは、高価な贈り物として喜ばれるアイテムです。

でも、値段さえ付かない小さな花は、意識して、タネを蒔いたり育てたりしなくても、身の回りにあります。

それは、元をたどれば、創造主である神【主】の御業と考えるのが自然ですね。

人間は、時として、うつむき加減になる事があります。

そんな時でも、目線に入るところにあるのが、野の小さな花ではないでしょうか?

タンポポのように、一輪だけと言うこともあれば、名前さえ知らなくても、群生している花もあります。

それを見ると、癒やされます。

なぜか? キレイだと感じるのです。 人間に備わっている美意識なのか、自然回帰プログラムなのか不明ですが、「ホッとする」気持ちがあるのです。

自然界には、そのような癒しアイテムが、多く備えられていると言うことでしょうか?

それならば、被造物代表の人間としては、一つでも多く発見する使命もあるのかも知れませんね。

このフレーズからの教訓は、前段の部分にあります。

それは、「小さい事といふものは詰まらんもののやうに見える」という部分です。

また「それは平安を與へる。」という事もあわせて、考えると浮かんでくるものがあります。

どれだけ、小さいことでも、忠実に取り組むことの大切さや、それを、大事に人に届けることを躊躇しないということも、合わせて、心に刻んでおきたいと思いました。

ジョルジュ・ベルナノス(フランス語: Georges Bernanos、1888年2月20日 – 1948年7月5日)は、20世紀フランスの作家、思想家。
生涯
パリの室内装飾職人の家庭に生まれる。幼少期から青年期にはパ=ド=カレー県にあるフレッサン(Fressin)という小さな村で主に過ごす。ブールジュ(Bourges)の神学校とエール=シュル=ラ=リス(Aire-sur-la-Lys)のコレージュで学び、1906年にパリ大学へ進む。

エドゥアール・ドリュモン(フランス語版)を信奉し[1]、18歳の時からアクション・フランセーズに入団し1908年にはその行動隊であるカムロ・デュ・ロワ(Camelots du roi)に所属し、その首領格として昼は共和派の集会を妨害し警官隊と衝突、夜は果てしない議論に没頭するという生活を送る。活動によりサンテ刑務所に収監され、その間に書評と論文を書き新聞に投稿し始める。1913年から王党派の新聞に本格的に論説を載せるようになる。1914年に第一次世界大戦がはじまると志願して戦地に赴いている。戦後は生活のために保険会社の調査員となり、パリやムーズ県に居を構え、出張先で小説を書きつづるようになる[2]。

わかりやすい聖書ガイド
ヨハネの黙示録スタディノートブック
Amazon Kindle版 ペーパーバック版好評発売中

※紙の印刷版は、ペーパーバッグ版を選択して下さい。