さめた見方は不幸かも 坂口安吾
『恋愛というものは常に一時の幻影で、必ず亡び、さめるものだ、ということを知っている大人の心は不幸だ。 坂口安吾』
「夢の中に居させて」という表現のように感じます。
人間には、それぞれに個人差があるようです。
人間関係を3ヶ月ごとに、リセットする人もいます。
ずいぶん極端だと感じるのですが、意外に居るのですね。
でも、その真逆の人もいます。
それは、人間関係の整理をした方が良いのに、できないで、ズルズルと引きずられる人です。
依存的な要素が関係していると考えられています。
その背景には、借金などが潜んでいます。不思議だと感じるのですが、「見捨てられる恐怖」を抱いている人は「人間関係を切る(相手を見捨てる=距離を置く)」ことをためらうのです。
冷めている人の温度感も微妙です。
表面上、冷めているのか? 根っから冷静なのか?
内面は、別の性質が潜んでいる可能性もあり、人間は複雑だなあと感じます。
あまり冷めすぎていると、冒頭のフレーズのように、すぐに、冷めるのだからと、恋愛に積極的になれない事もあるのかも知れませんね。
幸せを探すのも人生のテーマです。どこをどの様に探すのかが課題です。
恋愛が成就するにしても、惨敗するにしても、それに、挑んでいく意欲が持てる人は、それだけで幸せなのでしょうね。
人間は、根拠希薄な直感で、何か良い物を掴む事があります。
様々なセンサーがあり、多くの情報があって、結局の所決断できずに、身動きがとれないというのは、何ともモッタイナイですね。
でも、基本は、自分の心と身体を大事にすることです。それが、幸せの基本ですよね。
坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 – 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。
第二次世界大戦前から戦後にかけて活躍した、近現代日本文学を代表する小説家の一人である。純文学のみならず、歴史小説や推理小説、文芸や時代風俗から古代史まで広範に材を採る随筆、囲碁・将棋におけるタイトル戦の観戦記などの多彩な活動を通し、無頼派、新戯作派と呼ばれる地歩を築いた。
生い立ち
1906年(明治39年)10月20日、新潟県新潟市西大畑通28番戸(現・中央区西大畑町579番地)に、憲政本党所属の衆議院議員の父・坂口仁一郎(当時45歳)、母・アサ(当時37歳)の五男、13人兄妹の12番目として難産で生まれる[2][7]。







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