伝道とは? ロマ1:16
『1:16 私は福音を恥としません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。 ロマ1:16新改訳2017』
パウロとシラスは、ピリピで、イエスの福音を伝えました。
そうすると、ルデア(リディア)が信仰者となり、次に、女奴隷が解放されました。
また、パウロとシラスは、囚われの身になって、四面楚歌の状況にもかかわらず、看守とその家族が救われるという結果になりました。
福音を伝えようと意気込んでも、我力では、結果に繋がりません。それは、創造主である神【主】の御心に沿って、器として用いられるときに、成立するという事です。
しかし、妨害や迫害は付き物です。信仰者は、器として、精一杯、使命を果たしたとしても、その土地を去らなければならない事もあるのです。
使徒の働きは、パウロやペテロが目立ちますが、何よりも、その背後で働いているのは、創造主である神【主】であり、三位一体の神なのです。
『16:14 リディアという名の女の人が聞いていた。ティアティラ市の紫布の商人で、神を敬う人であった。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに心を留めるようにされた。 使徒の働き16:14新改訳2017』
パウロは、熱心に語りましたが、「主は彼女の心を開いて」とあるように、「【主】のワザ」なのです。
信仰者は、天に国籍を与えられ(ピリピ3:19-20)、「地上にある天国の植民地」とされる「普遍的教会」に迎え入れられます。クリスチャン(信仰者)にとっては、天国の市民権こそが、誇り(自慢のタネ)になるのです。そして、天から、メシアであるイエス・キリストが再臨されるのを心待ちにしているのです。
福音は、すべての人に救いをもたらす創造主である神【主】のチカラです。ピリピで起きたことは、上流階級のルデア(リディア)の救いであり、下流に位置づけられた女奴隷の救いであり、さらに、中流階級の看守の救いです。
この世には、光の国と闇の国があります。福音を伝える人(信仰者)は、その戦いに巻き込まれています。
光の国は、「地上にある天国の植民地」とされる「普遍的教会」です。
闇の国は、悪魔(サタン)が支配するまやかしに溢れたエリアです。そこには、さまざまな誘惑があり、人間の様々な欲を絶えず刺激しています。
悪魔(サタン)も、メシアであるイエス・キリストの真似をします。それは、あくまでも、フェイクです。
でも多くの人が、それに、騙されて、気が付けば、永遠の不幸へまっしぐらとなってしまうのです。
ピリピの教会へと送られた書簡は、「喜びの書簡」と言われます。
『3:1 最後に、私の兄弟たち、主にあって喜びなさい。私は、また同じことをいくつか書きますが、これは私にとって面倒なことではなく、あなたがたの安全のためにもなります。 ピリピ3:1新改訳2017』
福音を伝える人は、どのような状況下でも、喜びが伴います。それは、天国の市民権があり、それには、永遠の幸福が伴うからです。
これが、信仰者が永遠の幸福マインドで生きられる根拠なのですね。







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